宿泊業のスマート化研究会2024

第1回|2023年度スマート化研究会
経験価値マーケティングの概念インプット
参加者からの課題を発表

新型コロナウィルスが5類に分類され、社会が開けてきた感覚を日々、感じます。宿泊業界もまた、人流が戻り始めている状況で、各地より朗報が届いております。
しかし、コロナ前にはなかった様々な課題も散見されています。特に多く聞くのは慢性的な人手不足。
そんななか、2023年度のスマート化研究会がスタートしました。
状況は大きく変わったとはいえ、取り組む課題は似通っています。

宿泊業のスマート化研究会は、宿泊業界の進化を促すためには、人手不足の問題解決と共に、訪れる人々にとっての顧客体験価値向上、そしてマーケティング面での革新を後押しするべく、活動をしてきました。
今年も様々なテクノロジーを活用した、顧客体験価値向上を含めた生産性の向上の取り組みを研究します。
第1回は今年度のテーマの紹介と、各社の近況や課題について共有を実施。

初回レポートは、スマート化研究会のファシリテーターの徳江順一郎氏による「経験価値マーケティング」の講義と、参加ユーザーの発表についてまとめました。

経験価値マーケティングとは

冒頭ファシリテーターの徳江順一郎准教授より、経験価値マーケティングについて、解説していただきました。

会場風景

ポイントは以下の通り。今回はポイントを絞って内容を紹介します。

  • 経験価値について
  • 工業社会的マーケティングと経験価値マーケティング
  • なぜ経験価値マーケティングが必要なのか?
  • 経験価値マーケティングにおけるポイント
  • 関与と消費行動
  • まとめ

経験価値について

豆腐を例に挙げて、経験価値について解説。

【例:豆腐の価値】

  • スーパーマーケット : 100円前後
  • 京都東山の料亭の湯豆腐 :数千円

豆腐ひとつにしても、スーパーで購入して自宅で食べるのと、京都嵐山の料亭の湯豆腐を食べるのとでは、値段が数十倍変わります。

なぜか?

そこには京都の嵐山にある、豆腐を作る伝統の技や盛り付け、あるいは食べる際のマナーや食べ方を含めて、歴史や伝統が消費者に取り入れられているからです。

つまり経験価値とは、商品やサービスを利用した経験から得られる感動や満足感のことを言い、情緒的・精神的という感覚的な価値になります。

工業社会的マーケティングと経験価値マーケティング

工業社会的マーケティングでは、機能的価値や利便的価値が提供されます。対して、経験価値マーケティングで提供される価値は、情緒的・精神的価値です。

工業社会的マーケティングと経験価値マーケティングの違い、比較については以下の表をご覧ください。

工業社会的マーケティング 経験価値マーケティング
提供する価値 機能的価値
利便的価値
情緒的・精神的価値
(経験価値・変革価値)
価値の源泉 川上型(企業発想)
川下型(消費者発想)
流域型
(社会・文化発想)
依拠するもの 形式知・客観的事実
(再現性や法則の発見)
暗黙知・主観的真実
(感動の共感的理解)
手法的特徴 実証的・分析的手法
(工学的手法、システム志向)
創造的・挑発的手法
(デザインの統合化機能活用)
めざされるもの
(マインドセット)
競争優位・シェア拡大
(戦争のメタファ)
美学の追及
(演劇のメタファ)

なぜ経験価値マーケティングが必要なのか?

なぜ経験価値マーケティングが必要かは、まとめると以下の通りです。

  • 機能的価値よりも、情緒的・精神的価値に高いお金を使う人が増えてきた
  • 機能や利便性という価値を超える、より高い価値「経験」を重視
  • これからは理性だけではない、文化・価値観も含めた多様な消費が重要(遊びや快楽)
  • 消費を「必要」ではなく、「遊び」として捉える視点も大切

現在では飲食店やファッション業界において、どのお店も機能的価値や利便的価値が高く、それでいて価格の安い商品が増えてきました(商品のコモディティ化)。

そのため、製品やサービスの差別化を図る意味でも、情緒的・精神的価値といった抽象的な価値である、経験価値マーケティングが必要になってくると言えます。

経験価値マーケティングにおけるポイント

こちらでは、消費者の内的要因や消費者行動について解説していただきました。

内的要因|消費者の動機付け要因と関与

消費者は、安くてノンブランドの商品で満足する人もいれば、高価でハイブランドの商品を好む人まで、購入の動機には様々な内的要因があります。

ホテル業界を例に挙げると、「サービスにこだわりはなく、宿泊できれば何でも良い。」という人もいれば、「サービス満点なスイートルームに泊まりたい。」という人もいて、後者は経験価値が高いです。

そこには、ブランド価値や製品にどれだけ関与があるか、が挙げられます。

【関与の定義】

  • 製品やサービス、広告、ブランドなどがどれだけ重要か?
  • 製品やサービス、広告、ブランドなどに対して、どれだけ関心やこだわり、思い入れをもっているか?

関与と消費者行動

消費者が関与から消費者行動に移るまで、以下の段階があります。

  • 信念段階:製品やサービスの特徴や品質などの知識を獲得
  • 態度(印象)段階:得られた知識を元に態度(印象)形成や評価を行う
  • 行動段階:実際に購買

ホテル業界の場合、消費者は宿泊する前にホテルのサービスや口コミを色々と調べたりする人もいれば、旅行したその日に宿を探す人もいます。

前者の場合はホテルへの関与が高く、後者の場合はホテルへの関与が低いです。そこに知識も加わることで、人の考えによって信念・態度(印象)・行動段階の順番が大きく変わります。

高関与 低関与
知識:大ブランド間の差異が大きいと認識 複雑な購買行動信念→態度(印象)形成→行動 多様性追求の購買行動信念→行動→態度(印象)形成
知識:少ブランド間の差異が小さいと認識 不協和低減の購買行動行動→信念→態度(印象)形成 習慣的購買行動信念→行動

将来の宿泊施設を考えるにあたって|徳江氏のまとめ

徳江氏は、STPや4Pなどマーケティング論の大枠を発揮できれば、9割5分はマーケティングができているとおっしゃっています。

これらに加えて経験価値マーケティングが入ってきて、ある程度の枠組みを持っていれば、マーケティングに関する視点は変わってきます。

そのため、マーケティング論の大枠と経験価値マーケティングの知識を押さえていただければ、ということで話を締められました。

東洋大学 国際観光学部 准教授
徳江 順一郎(とくえ じゅんいちろう)

■上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修了。
大学院在学中に起業し、飲食店の経営やマーケティングのコンサルティング、内装デザインの事業等を手掛ける。2011年に東洋大学国際地域学部国際観光学科に着任。ホスピタリティの理論科目、ホテル経営関連、ブライダル関連の科目を担当。
■専門分野:ホスピタリティ・マネジメント、経営学、商学
■著書・論文等:『アマンリゾーツとバンヤンツリーのホスピタリティ・イノベーション』 『ホテルと旅館の事業展開 [創成社]』『ホスピタリティ・デザイン論 [創成社]』 『ホスピタリティ・マネジメント[同文舘出版]』 『ホテル経営概論[同文舘出版]』等 著書・学術論文多数

徳江 順一郎氏

発表|参加ユーザーの現状と課題、将来の展望

今回参加したユーザーから、現状や課題、将来の展望について発表してもらいました。
抜粋してご紹介いたします。

会場風景

参加ユーザーA

山形県で、「宿泊施設×農業」というコンセプトの宿泊施設に携わっている。
人材の確保が難しいため、スマート化研究会に参加しつつ、テクノロジーの利用と人材をどこにどう使うかということに取り組んでいきたい。
5年後には「宿泊施設×農業」のブランドを、横展開で全国に広げていくつもりでいる。
徳江先生の話を聞いていても、お客さんの経験価値が高まっていることは、運営しながら感じている。

参加ユーザーB

自分の環境では、現状だと経験価値マーケティングの導入まで行っていない。魅力的な商品に対して「安くして欲しい」と言う、利用客が一定数いる。
徳江先生の言う通り、これからは経験価値が必要。5年後には、この価値観が当たり前になっているようにしたい。
また、人手不足で外国人労働者を登用しており、今いる従業員のケアができていない部分もある。
SDGsの観点から持続可能な働ける環境にして、旅館自体も5年後10年後と続いていくようにしたい。

参加ユーザーC

田舎で旅館経営に携わっているが、コロナ前とコロナ後で経営の仕方が大きく変わっている。
以前は原価積み上げ方で、「このプランはこの基本プランよりも料理がこれだけいいから、じゃあ単価をこれだけやりましょう。」という感じで価格設定をしていた。
現在ではスマート化により、プランの需要が高ければ自動的に価格設定ができるようになっている。
ただし田舎は都市部と違い、商品が非常に複雑。たとえば1泊2日のプランでも、食事がバイキングであったり、宴会があったりで中身が非常にバラバラで、需要と商品に乖離がある。
将来的にはスマート化でマーケットが決めた金額に対して、料理やサービスなど商品の提供価値を近いものに持っていきたい。

参加ユーザーD

ホテルの運営会社に勤めており、いくつか課題がある。
たとえば人材雇用は中途採用率が高く、新卒の割合が通常の会社よりも20%ほど少ない。そのため、PMS及びマネジメントやスキルアップに、年間多くの時間を割いている。
将来的には新卒の割合を増やしつつ、中途採用の人材の価値を高めたい。研修もスマート化を導入して、人材の価値を上げながらトレーニングの時間を減らしたい。
インターネットシステムについては、クラウドサービスが主流になってきたことにより、全ての拠点にインターネット接続部門が複層し始めている。
当社の地方ホテルの場合、NTTフレッツしか選択肢がないエリアでは、夕方になったらアクセスが集中してシステムが動かなくなることがある。
当社ではホテルの数や部屋数を増やして、2030年までに日本のホテルのベスト10に入るのが目標。
しかし、現状のシステムだとネットワークが破綻しており、ホテルの数や部屋数を増やしDX化を導入しても、使えない状態に陥る。
そのため、お金を一番投資してシステムを刷新して安全評価にしたい。

まとめ

最後に徳江先生より、まとめがあり第1回目の議論を終了した。

会場風景

参加ユーザーは皆さん意欲的に課題に向き合い、今後の展望についても熱意を持ってお話されていました。
徳江氏は、このスマート化研究会での議論を、展示とセミナーの発表だけではなく本にしないか、という構想もお話をいただきました。
詳細は未定ですが、このスマート化研究会での議論が何かの形で残すことができ、今後の宿泊業界に役立てば素晴らしいことです。

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