日本外食業の転換期と言われる今、次のアクションを新しい切り口を提供します。今回、トレンドセミナーの講演、モデレータを務めるお二人にスペシャル対談を行っていただきました。
以下、コラムに続く
スペシャル対談
(株)ワンダーテーブル代表取締役社長 秋元 巳智雄 氏
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産総研人間拡張研究センターチーム長 竹中 毅氏
コロナ禍からの復活を目指す外食産業に求められる
新たな価値づくりと人材戦略
本企画は、HCJ2023(エイチシージェー)展示会プレ情報発信企画として、業界の重要課題について業界トップランナーにインタビュー。業界発展のために必要な視点や取り組みについて考えていきます。今回は、コロナ禍からの復活を目指す外食産業に求められる新たな価値づくりと人材戦略について、㈱ワンダーテーブル代表取締役社長・秋元秋元巳智雄氏と、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)・人間拡張研究センターチーム長の竹中毅氏に話を聞きました。

01 外食産業の現状と展望における注目点
亀高さん:まず、竹中先生にお伺いします。ご専門の「サービス工学」が、どのような学問なのかを教えてください。
竹中先生:サービス工学という分野は、日本では2002年に東京大学人工物工学研究センターにサービス工学研究部門ができたことが始まりだと思います。サービス工学は主に、製造業のサービス化とサービス産業の生産性向上という二つの研究トピックが含まれるのですが、日本では2000年代中頃にサービス産業の生産性向上が国家的課題として位置付けられ、それを支える学術分野として、2008年に産総研にもサービス工学研究センターが設置されました。
そこでの我々のコンセプトは、サービスに対する科学的・工学的なアプローチ、すなわちサービスの観測、分析、設計、適用を通して、サービス現場を支援したいというデータ駆動型アプローチの視点と、一方で、サービスには顧客や従業員など多くの人間的な要素が含まれますので、人間中心のサービス設計ということを大事にしています。そのため、研究として扱うテーマは、単に生産性向上だけでなく、顧客満足、従業員満足などの人間的あるいは社会的な側面を考慮したサービスシステムのデザインを研究しています。そのような特徴から、工学だけでなく、心理学や経済学、デザイン学など、分野融合的な研究分野になっています。
亀高さん:ありがとうございます。今回は、竹中先生の学術的なご知見と、秋元社長の実践的なご知見との融合を大変楽しみにしております。
では、まずはマクロな視点からお話をお伺いできればと思います。日本における外食業の市場規模は足元でもコロナ禍で縮小しています。人口動態などのデータから中長期的に見ても、どうやら縮小していくと考えざるを得えません。秋元社長は、このような現在の環境をどのようにとらえていらっしゃって、この先の経営方針をどうしていこうと考えていらっしゃいますか?
秋元社長:外食市場規模は、まだ日本の人口が増えていた1997年に29兆円に達しましたが、「失われた20年」と言われる中で23兆円まで縮小しました。2015年くらいから少し経済が良くなり、インバウンドも好調だったことから26兆円まで戻しましたが、そこでコロナ禍に直面します。2020年は26兆円のうちの8兆円が失われ、2021年以降も時短営業の要請などが続き、今でも完全には復活できていない飲食店が多いのが実情です。
ただ、この秋から全国旅行支援も始まり、インバウンドも再開されました。今後は少しずつ回復し、この数年で24~25兆円くらいまでのリカバリーはあるかもしれませんが、日本の人口は減り続けています。10年先、20年先は20兆円くらいまで下がることが予想されます。とはいえ20兆円というのは、世界的に見ればかなり大きな市場です。アメリカ、中国に次ぐ市場規模を誇るのが日本の外食産業です。
そうした中で懸念されるのは、世界有数の市場規模であるにもかかわらず、人口の減少にともなって若い人が減り、将来的にますます人材の確保が難しくなることです。若い人たちが、この外食産業で働きたいと思う産業にしていくことが重要です。私自身の業界活動においても、その点が一番のミッションであると考えています。

亀高さん:やはり今回のテーマでもある「人材」が、日本の外食産業の大きな課題ですね。市場規模の縮小については、人口が減っている以上、致し方ない面があります。
秋元社長:日本だけで見るとそうですが、もう一つのマクロな視点があります。世界の人口は増え続けていることです。1990年代は60億人だった世界人口が2010年代には70億人にまで増え、2022年には80億人に達したことが、つい先日発表されました。人口の減少にともなって「日本の胃袋」は減っていますが、逆に「世界の胃袋」は増え続けています。
しかも、「日本食」は世界的に人気が高まっています。海外の人たちが好きな料理のアンケート調査でも、イタリア料理や中華料理を押さえて日本食が1位になりました。世界的な食のニーズに目を向けると、大きなチャンスがあります。
亀高さん:竹中先生は、マクロな視点での外食産業について、どのような考えをお持ちでしょうか。
竹中先生:秋元社長がおっしゃる通り、日本の優れた食のサービスを世界に展開していくグローバル化が、一つの切り口だと思います。もう一つは産業として見た場合に、外食産業は食材の生産から流通、加工、小売、サービスまで幅広い部分を含む大きなサプライチェーンで成り立っています。それが今、様々な情報がデジタル化され、共有されることで、産業の垣根が随分と無くなってきました。
そうした中で、新たなビジネスモデルが生まれる可能性があります。現在、外食、中食、内食というような分け方になっていますが、例えば、健康的な食事全体をサポートする事業、など産業の垣根を超えた新たなビジネスモデルが生まれる可能性もあると思います。
02 コロナ禍で顧客の意識は、どう変わったのか
亀高さん:今回のコロナ禍はビジネス環境だけでなく、人々の価値観や潜在意識にも大きく影響を与えたと言われています。今回のコロナ禍を経て、顧客の意識は変わったと思いますか。また、どのように変化しているとお考えでしょうか。
秋元社長:結論から言えば、大きく変わりました。特に変わったのはライフスタイルです。ライフスタイルが変わったポイントはいくつかありますが、まず分かりやすい変化は、人々が会社にあまり行かなくなったことです。弊社も丸の内や虎ノ門などのオフィス街の店舗が、大きな影響を受けました。
そして、コロナ禍で外食をしなくなった時期があったことで、外食に対しての利用動機や必要性も大きく変わったように思います。一言で言えば、「お客様主導」へと変化しました。これまで日本の外食産業は、「私たちはこんな店で、こんな料理を出しているから、お店に来てください」という自己主張型で、それがお客様に受け入れられるかどうかのビジネスをしてきましたが、そうした店側主導だけでは変化したニーズをとらえ切れなくなってきたのです。
例えば映画やドラマなどが見放題の「Netflix (ネットフリックス)」は、従来のテレビと違って、好きな時に、好きな場所で、好きなものを見ることができます。食においても、好きな時に、好きな場所で、好きな人と、好きなものを食べたいというお客様のニーズや考えに合わせたサービスを提供していかなければなりません。そのためには、必要なところはデジタル化するなどのITの仕組みでも、お客様に寄り添ったサービスを提供していく必要があります。
また、コロナ禍によって、スマートフォンで簡単に注文できるデリバリーサービスが一般化し、お客様の「好きな場所で」には「外食」だけでなく「家」も含まれるようになりました。そうした中で弊社もデリバリーに参入し、「今日は特別な日だからロウリーズに行こう」という利用動機だけでなく、「今日は家でおいしいものを食べたいから、お気に入りのロウリーズのデリバリーを頼もう」という利用動機にも対応しています。
竹中先生:私も消費者意識の変化は大きなポイントであると考えています。例えば、清潔なレストランというのは、従来は日本では当たり前品質だったのですが、コロナ禍では魅力的品質に変わりました。マーケティングリサーチを行うMS&Consulting社が行った調査でも、コロナが始まってから「感染対策がされている安心できる店に行きたい」という消費者が増えました。また、もう一つ、興味深いのが、「普段から通っている、安心できる店に行きたい」という傾向も強まったことです。実際、長年、地元のリピーターに親しまれているようなレストランがコロナ禍でもお客様に来てもらえたという話をお聞きしています。さらに、コロナ禍が少し落ち着いてきた中で、消費者も、改めて外食の楽しさや価値を皆さんそれぞれに再認識したという意味でも、ずいぶん意識は変わったと思います。
亀高さん:これからは、いろんな意味で「信頼される店」になることが大切だということですね。
秋元社長:その通りです。コロナ禍を経ての明らかな変化は、外食頻度の減少です。以前は月4回だったのが月2回に、あるいは週5回だったのが週3回にと頻度が減っています。頻度が少なくなる中で、「なんとなく」の外食は減り、「信頼できる店」や「信頼できる人がいる店」をお客様は選ぶようになっています。
もちろん、お店を選ぶ理由は様々で、人によっては「この居酒屋の大将が好きだから」といった理由もありますが、どちらにしても特別に「行く理由」がある店だけを利用する傾向が強まっています。そうした中で「選ばれる店」になっていかなければなりません。
竹中先生:その点で言えば、顧客の価値観やニーズが多様化してきていますので、それぞれの顧客にあった価値提案をするとともに、顧客のフィードバックも積極的に取り入れ、一緒に価値を共創していくようなビジネスも重要になるかと思います。従来、外食ビジネスの難しさは不特定多数のお客様が不定期に訪れる点にあったと思いますが、デジタル技術も活用しながら、顧客と直接つながることで、より付加価値が高く、ロスの少ないサービスを提供できる可能性があるのではないでしょうか。
03 最重要の課題が「人材」。DX化が大きなポイントに
亀高さん:コロナ禍による変化についてお話しいただきましたが、コロナ禍による急激な変化に加えて、「人口減少」「高齢化」「人材不足」「DXの遅れ」等々の中長期の変化に対応するという課題もあるかと思います。業界として今後一番に取り組まなければならないテーマは、どのあたりにあるとお考えでしょうか。
秋元社長:どれが一番ということはなく、すべて重要な課題で、特に「人材不足」と「DXの遅れ」は合わせて考えるべきテーマになります。人材不足は本当に深刻で、人が集まらないのが飲食店の現状です。例えば、10人で1000万円を売っていた店があるとします。しかし、今は6人とか7人しか集まらない。かといって営業を縮小して売上を減らすと、家賃に対して安定した利益を確保できません。6、7人でも1000万円を売るためには、これまでより少ない人数で対応できる新たな仕組みを作る必要があり、そのカギになるのがDX化です。「人を集められる」という前提ではなく、「少人数でも対応できる仕組み」を前提とした店づくりが求められているのです。
考えてみれば外食産業は、この30年間くらい、テクノロジーの面ではほとんどアップデートしていません。1980年代から1990年代にかけて導入が進んだPOSレジは、飲食店経営に大きな革新をもたらしましたが、それ以降はあまり進化していないのです。この30年間、外食産業がやってきたのは、業態の多様化です。素敵なメニューや素敵なブランドを多様化して、日本の外食文化を作ってきました。しかし、これからはテクノロジーによるアップデートが欠かせません。
そして、DX化が必要なのは、無人化を目指すような効率重視の業態だけではありません。おもてなしのサービスやクリエイティブな料理を魅力にしている付加価値型の業態でも、DX化は必要だと考えています。飲食店の現場では、おもてなしのサービスやクリエイティブな料理とは直接関係ない業務が山ほどあります。そうした業務をDX化することで、現場のスタッフがおもてなしのサービスやクリエイティブな料理に、より集中することができるようになります。そうすればスタッフの仕事のやりがいも増し、人材の確保にもつながります。実際に弊社ではそうした考えから、キャッシュレスやオーダーレス、Ai電話応対によるフォンレス、クラウド型POS、Eラーニング教育、人材管理のタレントマネジメントシステム、HACCP記録票システム等々、様々な業務のDX化を進めています。
DX化は、決して「仕事をさぼる」ことではありません。例えば、オーダーレスと聞くと、「サービスをさぼっている」と考えられがちですが、大事なのは活用の仕方です。弊社でも一部の店でモバイルオーダーを導入していますが、単なるモバイルオーダーではなく、その店らしい楽しいナレッジ(知識・情報)を入れています。一方でスタッフは、空いた時間を使ってテーブルを回り、お客様とコミュニケーションを図ります。モバイルオーダーの導入によって、お客様は自由で楽しい、スタッフはコミュニケーションに集中できるという環境を作っています。DX化は効率化だけでなく、人の魅力をもっと生かすツールとしても活用できるのです。
また、Eラーニング教育は、人材教育を効率化できるだけでなく、「好きな時に学べる」ことなどが若い人の感性に合っています。Eラーニング教育用のコンテンツは200以上作っていますが、定型のコンテンツで教育することで、「人によって教え方が違う」という問題も解消できます。DX化には、こうしたメリットがあることも見逃せません。

亀高さん:秋元社長からDX化の大事なポイントを教えていただきました。では、竹中先生が考える外食産業の一番の課題は何でしょうか。
竹中先生:中長期的な面では、人材育成が一番の課題であると私は考えます。日本の外食産業はこれまで、デフレや自然災害など何度も危機を乗り越えてきたタフな産業ですが、今回のコロナの影響は確かに甚大でした。直近では、人手不足や資源高騰に対応することが喫緊の課題かと思いますが、やはり日本の外食の魅力を支えてきたのは人だと思います。高度な調理技術も大事ですが、社会人の学びなおしも含めてサービス経営人材の育成をできるような教育の充実が非常に重要だと思います。
高等教育に関しては、例えばアメリカのコーネル大学が有名ですが、立命館大学の食マネジメント学部のような新しい大学教育も始まっています。また、例えば、いくつかの調理師専門学校が実践されているように、地域の有名レストランと連携して、質の高い実践的なスキルを身につけるような学校の役割も非常に重要だと思います。
また、秋元社長がおっしゃったように、効率化や最適化のためにサービスを技術に置き換えるところと、スタッフが顧客接点等でサービスの価値を高めるところの切り分けをすることが私も重要だと思います。これは何をホスピタリティとして大事にするか、という点につながりますので、各企業が改めて自社のホスピタリティや強みを再定義してお客様に価値提案を行うことと、従業員にとって働きやすい環境を実現していくことが重要だと思います。そのためにサービス工学ではサービスの観測、分析、設計、適用というステップでサービスの評価や新たなサービスデザインをするお手伝いができればと考えています。
亀高さん:今、最も注目のテーマであるDX化について、お二人からとても参考になるご意見をいただきました。ただ、DX化と言っても、まだまだ漠然としたイメージしか持ってない人が少なくありません。DX、すなわち「デジタルトランスフォーメーション」は、どのようにとらえるべきなのでしょうか。
竹中先生:デジタル技術の活用方法については、4つくらいの方向性があると考えています。一つは、現在、サービス現場から期待の高い、サービス提供プロセスの効率化や省人化です。ただし、この部分は先ほどもお話しした通り、ホスピタリティを失わないように、省人化する部分としない部分の切り分けが重要です。
2つ目は、顧客の体験価値を高めるような使い方です。例えば外食だと、デジタルメニューのような顧客接点は今後、個々のお客様に合わせたサービスなど新たな可能性も出てくると思います。
3つ目は従業員の能力を拡張するような使い方です。従業員間の情報共有やコミュニケーションを促進するようなことにもデジタル技術は有効です。
最後の4つ目は、業務プロセス全体がデジタルデータになることで、経営者がサービス全体の構造を把握できるようになることです。これにより、新たなビジネスモデルを構想できるようになることが重要だと思っています。おそらくそれがデジタルトランスフォーメーションだと思います。
04 大事なのは「価値の作り方」。そのカギは「顧客満足」
亀高さん:労働人口の減少やエネルギー価格上昇を受けて、原材料費・人件費の高騰が大きな課題となっています。当然、価格への影響も出ることが考えられますが、価格を上げる際には、お客様にどういう価値を提案する必要があると考えていますか。
秋元社長:コストが上がっている以上、値上げせざるを得ません。そして、値上げしてもお客様が離れない店もあれば、離れてしまう店もあるというのが現在の外食業界の状況です。
そうした中で弊社が大前提としているのは、「商品自体でお金をいただいているのではない」ということです。レストランの全体的な体験によってトータルの金額をいただき、満足してもらえるかどうかを大事にしています。パスタやステーキなどの商品の価格は、あくまでもトータルの金額の中の一部です。商品の価格が上がったからお客様が離れる、離れないというビジネスモデルにはしたくありません。
こうした戦略は、コストが上がったからということではなく、元々、弊社では「顧客体験価値」を重視したブランディングをしてきました。例えば、弊社の「ピーター・ルーガー・ステーキハウス東京」は、ニューヨーク・ブルックリンで創業130年の歴史を誇るステーキハウスの東京店で、お一人様2万円、3万円の金額になりますが、ステーキだけでなくサービスや空間の全体的な体験によって、「ニューヨークのブルックリンに旅行に来たような気分で、ピーター・ルーガーの世界を満喫してもらう」顧客体験価値を魅力にしています。それは5000円、6000円の業態でも同じで、イタリアンレストランであれば、イタリアに来たような体験をしてもらえるブランディグやスタッフ教育をしてきました。
コストが上がっている中で、メニューだけでお金をいただくのはビジネスとして不利な面があります。もちろん業態によって利益の出し方は様々ですが、弊社では顧客体験価値の追求によって顧客満足を高めていく戦略を、より追求していきたいと考えています。
竹中先生:値上げに関しては、興味深い調査データがあります。MS&Consulting社と我々との共同研究において、同社の覆面調査を分析したのですが、サービスを体験した後に、許容される値上げ幅(ギリギリ高いと感じない金額)を聞きました。そうすると、「必ずまた来たい」と評価した場合は支払った価格より平均で15%まで値上げしても許容できると回答したのに対し、逆に「たぶん来ない」と答えたケースでは値上げはほとんど許容できないという回答になっていました。
これは感動するような優れたサービス、つまりカスタマーデライトがサービスの値上げをする上でも非常に重要だということを示しています。そのためにも、日ごろから顧客満足を様々な方法で確認して、何が自社のサービスの魅力なのかということを分析すること、そして秋元社長がおっしゃたように商品やサービス全体で体験価値を高めていことが重要だと思います。

亀高さん:やはり価格受容性を高めるためにも、顧客満足が重要ということですね。顧客満足(カスタマーデライト)を実現するためには、スタッフによるホスピタリティが大変重要なテーマだと思いますが、秋元社長は顧客満足を実現するためのホスピタリティとは、どんなものと解釈されていますか。
秋元社長:まず「ホスピタリティ」と「サービス」を別物として捉えています。一言で表現すれば、サービスは「知識」であり、ホスピタリティは「おもてなしの心」です。大事なのは、この両輪でお客様に喜んでいただくことです。サービスとホスピタリティのどちらが欠けてもダメなのです。分かりやすい例で説明すると、チーズ料理店のスタッフは、チーズの知識が無ければお客様を喜ばすことはできません。まずは知識を身につけることで、ホスピタリティも発揮できるのです。
サービスにおける知識は、商品知識だけではありません。「笑顔でいらっしゃいませと言うこと」、「ご注文は何になさいますかと聞くこと」等々、店の決まり事に関する様々な知識です。つまり、マニュアル化できるのがサービスです。教育のシステムをしっかりと作ることが、サービスを強化するポイントになります。
一方、ホスピタリティはマニュアル化できるものではありません。ホスピタリティとは「その人ために」という「相手の立場」で考える「おもてなしの心」であり、お客様一人一人が対象になるからです。対象が「1対多」であるのがサービスで、「1対1」であるのがホスピタリティです。ホスピタリティは、教えただけで何とかなるものではなく、スタッフが自ら「そうしたい」という意思を持たないと発揮されません。
その点で重要なのは、ホスピタリティが店に根づいているかどうかです。先輩スタッフがホスピタリティを発揮していれば、その姿を見て「自分もそうしたい」という意思が芽生えます。特に日本人は、子供の時の教育などが関係しているのだと思いますが、元々ホスピタリティの資質を備えた人が多い。ホスピタリティを店に根付かせれば、その資質を開花させることができるのです。そうした環境を一から作っていくとなると、ある程度、時間はかかりますが、簡単ではないからこそ、実現できれば大きな武器になるのがホスピタリティです。
05 これからの時代に向けての組織づくりの秘訣
亀高さん:イノベーションを起こすためには組織のメンバーが多様であり、「既存の知と別の既存の知の新しい組み合わせ」が発生することが重要という研究が有名です。秋元社長のワンダーテーブルでは、多様なバックボーンを持つ人材に活躍の機会を提供し、パフォーマンスを引き出していらっしゃいますが、具体的にどのような取り組みをしているのか、また、その取り組みによってどのような効果がもたらされているのかもお聞かせください。
秋元社長:正直、コロナ禍の2年半は、会社を存続させるための、生きるか死ぬかの戦いだったため、思うような人材育成はできませんでした。離職が多かったのも事実です。やっと今期から、新しいビジョンを作って、その勉強会をするなどし、まずはスタッフに「会社のファンになってもらう」ことを、もう一度、一からやり直しているところです。
それでも、今おっしゃっていただいたように、多様な人材が活躍できる環境づくりについては、以前から力を入れてきました。例えば、女性に関しては子供がいても働きやすい「時短で働くコース」を作ったことで、結婚して出産した後も仕事に復帰してくれるケースが増えました。また、外国人スタッフも多く活躍しています。弊社では15年前の中期長期計画で「人とブランドを磨いて世界で戦える会社にする」という目標を掲げ、昨年、これを「卓越したブランドとホスピタリティで世界のお客様を魅了できる外食企業となる」という内容にアップデートしました。このように以前からグローバル化を意識し、「外国人のお客様をもてなす」だけでなく、「外国人と一緒に働く」という会社の風土を作ってきました。女性スタッフにしても、外国人スタッフにしても、多様な働き方を受け入れる風土を会社全体で作っていくことが重要です。
亀高さん:若い人材にもっと活躍してもらうには、何が必要でしょうか。
秋元社長:それは私の個人的なミッションでもあり、容易な課題ではないのですが、まずは知識として、若い人たちに外食産業の魅力や将来性を知ってもらわなければなりません。世界市場も踏まえて、外食産業が魅力的な産業であることを伝えていくことが大切です。
同時に、子供の時の飲食体験も重要です。家族で利用した飲食店で、働いている人がイキイキとしていて、楽しい外食体験をしたら、将来、自分もサービスをやりたい、料理を作りたいという気持ちが育まれやすくなります。現状では多くの学生が、「飲食店はアルバイトをするところであって、就職するところではない」と考えており、こうした意識を変えていくのは簡単ではありませんが、若い人の力がなければ外食産業の発展は望めません。従業員がイキイキと働いている魅力的なお店や会社を増やしていくことが、何よりも重要だと思います。
亀高さん:「イノベーションを起こすための組織づくり」という点について、竹中先生はどのようにお考えでしょうか。
竹中先生:最近、産業を問わず、将来のイノベーションのために、人的資本経営に関心が集まっています。その中でどのように従業員のエンゲージメントを高めていくか、ということが課題なのですが、その戦略については、業種ごとに少し異なると考えています。
これまでに我々が行った大規模な従業員エンゲージメント調査の結果から、飲食業で従業員のエンゲージメントを高めるために重要なポイントとして「顧客満足の実感」が非常に重要だということが分かっています。これが顧客接点を持つサービス業の特徴で、高い従業員満足が顧客満足をもたらし、企業の生産性を高める、というサービスプロフィットチェーン理論に加えて、顧客満足を実感することが従業員のエンゲージメントを高めるきっかけにもなると考えています。
また、飲食業は店舗ビジネスですので、店長のリーダーシップや他のスタッフとの信頼関係も従業員エンゲージメントに大きな影響を持っていることが分かっています。ですので、チーム全体でエンゲージメントを高めるような仕組み作りが重要ではないかと考えています。

06 日本の外食産業が世界で戦うために必要なこと
亀高さん:これまでのお話の中で「世界」、「グローバル」というキーワードが何度か出てきましたが、実際に秋元社長は海外に数多くの店舗(89店舗※2022年11月現在)を展開されています。日本の外食業界が世界を舞台に戦っていくためには、どのように変わっていく必要があると考えていますか。
秋元社長:日本の外食産業の料理やサービス、ホスピタリティは、産業として世界に誇れるレベルにあります。そのノウハウも持っています。しかし、残念ながら企業も人も、海外進出に対して「本気じゃない」、「勇気がない」というケースが多いように感じます。
世界には16万件の日本食レストランがあるのに、日本の企業が関わっているのは、その1割にも満たないと言われます。現地の人が見よう見まねでやっている日本食レストランが多いのです。日本食がこれだけ世界的な人気を得ていることを考えると、日本からの海外進出は少な過ぎると言わざるを得えません。日本の外食産業が世界を舞台に戦っていくためには、企業や人の意識が変わっていくことが、まず必要だと思います。
竹中先生:私も、日本の外食産業は素晴らしいのに、なぜ海外に出ていけないのかということを考えるのですが、その一つの理由として、海外での展開に必要なシステムづくりが不十分であるように感じます。海外で展開するには、世界の人たちが理解できる明確なシステムにする必要がありますが、日本人は良くも悪くもいろんな人たちに気を遣い、物事をはっきりさせることが苦手です。そのため、システムに曖昧な部分が生じて、海外では齟齬が生じてしまうケースが多いのではないかと思います。
秋元社長:まさに竹中先生のおっしゃる通りです。弊社でも海外での店舗の人材教育は、マニュアル型ではなくSOP型、つまり製造業型にしています。日本の外食産業のマニュアルには、「やらなければならないこと」だけでなく、「やった方がいいよね」という曖昧な指示が含まれていることが少なくありませんが、それだと海外では伝わりません。「この通りにやりなさい」というSOP型の方が、海外の人は迷うことなく仕事ができます。こうした日本と世界の違い、いわゆる世界基準の仕組みづくりも海外で成功するために必要です。
亀高さん:では、最後のご質問になります。これからの時代に求められる「価値づくり」について、特に注目しておきたいポイントを教えてください。
竹中先生:外食が持つ魅力や価値自体は長い歴史が示しているように変わらないと思いますが、消費者のライフスタイルは時代に合わせて変わります。また同じ時代でも、ライフスタイルの違いによって求める価値が異なってきます。私たちは生活者のライフスタイル分析を長年行っていますが、パーソナリティと商品やサービスに求める価値との間には相関があります。詳細をここでお話しすることはできませんが、ライフスタイルに訴求するようなサービスの価値提案を行うことが良いサービスを生み出すうえで重要だと思います。
例えば顧客のウェルネスをサポートしたい、とか、地域支援に寄与したい、など、生活者のライフスタイルに合った価値提案をして、それに共感するファンを増やし、一緒にサービスを育てていくことが価値共創の視点から重要なのではないかと考えています。
秋元社長:先にお話しした通り、特別に「行く理由」がある店だけをお客様が利用するようになっていることから、「選ばれる魅力」をさらに磨いていくことが、価値づくりの最重要テーマであると考えています。そうした中で、竹中先生がおっしゃった価値共創も大事な視点であると私も思います。例えば、弊社のデリバリー業態の一つに「グルテンフリーパスタ」のブランドがあります。ニッチなブランドですが、グルテンフリーを求めているお客様にとっては大きな価値があり、意外とマーケットも大きいのです。
今は世界的に見ても、「すべてのお客様に」、あるいは「すべての利用動機」に対応するという業態が厳しい状況にあります。例えば、Z世代を集客したいのであれば、Z世代に向けた業態を作り込まないと、大きな価値は生まれません。ニーズが多様化する中で、ターゲットに対してしっかりと価値を提案し、より共感を得られる業態を作って「選ばれる店」になることが重要だと思います。
亀高さん:貴重はお話の数々、ありがとうございました。