スペシャルインタビュー・対談

ペシャルインタビュー
HYÈNE(イェン) エグゼクティブシェフ 
木本 陽子 氏

女性が70歳まで現場に立てる環境を作る

料理が好きで、いつまでも現場に立っていたいからこそ変えたいことがある。そんな思いから今までにない働き方に挑戦する木本陽子シェフ。日本と韓国という2つのアイデンティティを武器に、目指したい世界とはどんなものなのか聞きました。

木本 陽子氏
プロフィール


木本 陽子氏
1991年東京都生まれ。専門学校を卒業後 六本木「ラトリエドゥジョエルロブション」で修行。その後、韓国宮廷料理を学ぶため料理留学し、「ハンミリ」で学ぶ。 日本に帰国後、韓国料理の要素を取り入れたフレンチを提供するレストランか「HYÈNE(イェン)」のエグゼクティブシェフに就任。2022年RED U-35でファイナルに進出し、「GOLD EGG」と「岸朝子賞」を獲得する。

「女 性として」メッセージを出す意義を感じたRED U-35での経験

私は両親が共働きだったので、小学生の頃から自分のお弁当を自分で作っていたんです。それを学校で食べるとき、友達とおかずを交換して「おいしい」と言われて嬉しかったことが、料理人を目指した原点です。
女性として料理人を目指すのは体力的に厳しい、ということは理解していましたが、もともとが女扱いされたくない、男性に負けたくないというタイプ。料理人を目指す女性にはそういう人も多いと思うのですが、私も厳しい環境になればなるほどアドレナリンが出る方で、むしろ「やってやる!」というつもりでこの世界に飛び込みました。
そんな性格ということもあり、RED U-35に挑戦したときも、実は途中までは一切、女性であることを前面に出さずにいました。ですが、決勝に進んだときに考えが変わりました。残った6人のうち、女性は自分一人であり、「女性として」と言えるのが自分しかいないと気づいたとき、わざわざそういうメッセージを発信していく意義を感じたのです。

を重ねても現場に立ち続けるために、変えていきたいこと

女性が料理人として働き続けるうえで、課題の一つが労働時間の長さだと思います。私も修行時代にはかなり長時間働いたうえ、お金がないので実家から長時間かけて通勤し、眠れないのと過労で痩せ過ぎて月経が止まってしまった時期がありました。最終的には1カ月の休みをいただいたのですが、当時キッチンに女性は自分しかおらず、しばらくは誰にも相談できませんでした。
しかし本来、労働時間が長くて辛いのは男性も女性も同じ。だから今自分の店では、勤務時間をかなり短くしています。最終的な目標は8時間労働、週休2日です。もちろん、技術を身につけるにはどうしても時間がかかるので、修行中の若手はそういうわけにはいかないかもしれないし、この形で技術を極めるスタイルの料理人を目指すのは難しいと思います。ですが、今まで、長時間労働に耐えかねて、大好きな料理をやめてしまう料理人をたくさん見てきたことを思うと、せめてそういう人が料理をやめなくてよいように、砂漠のオアシスのような場になれないかと思うのです。
男性シェフで60歳、70歳まで現役という方はいらっしゃいますが、現状、女性でそういう方は少ないです。でも、私はそういう年齢になっても現場に立っていたくて、だからこそ、それができる環境を自ら作っていきたいのです。

木本 陽子氏

分のルーツ、アイデンティティを武器に勝負する

私の母は韓国人で、周囲も皆そのことを知っていましたが、子供の頃はそれが原因でいじめられることもあり、自分にとってはコンプレックスになっていました。それが変化したのは、ちょうど自分が料理の世界に入った頃、韓流ブームなどを経て韓国料理も人気が出始め、友人に作ってあげて喜ばれるという経験をしてからです。今、自分の料理に韓国の要素を多用しているのは、そうしたマイノリティとしてのアイデンティティをポジティブに捉えているという意思表示です。

韓国料理の中でも、チャプチェやスンドゥブチゲなどの日常食はなくならないと思うのですが、宮廷料理は継承する人間がいなくなれば途絶えてしまうもの。私が韓国宮廷料理を学び、作り続けるのは、自分が関わることの全てを絶やしてはいけないという気持ちがあるからです。

こういうことがはっきりと言語化されたのは、RED U-35に挑戦したおかげです。RED U-35では、ふだんやんわりと考えているようなこともすべて言語化しなければなりません。たとえば私の店では日本酒を出しているのですが、料理がフレンチだというのでワインを注文されるお客様もけっこういらっしゃいます。そんなとき、単に自分が好きだからというだけでなく、何とかして日本酒を飲んでもらいたい自分がいた。RED U-35の過程でそんな自分を見つめ直した結果、「自分の国の酒を絶やしたくない」「バトンを次につなげたい」という思いに気づいたのです。

自分の考えがはっきり言語化された今、自分のアイデンティティは武器に変わりました。「韓国料理を取り入れたフレンチ」という現在のスタイルも、労働時間を短縮し、技術を突き詰める時間がない中で、「他にはないスタイル」として強みになる。この武器を生かして、業界を変える挑戦をしていきたいと思います。

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