コラム

HCJ2022 特別企画対談
パーク ハイアット ニセコ HANAZONO 
副総支配人・料飲担当 瀧村氏
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トラベルジャーナリスト 泉美氏

瀧村氏
瀧村勇毅氏

聞き手/写真 泉美 咲月氏
ゲスト パーク ハイアット ニセコ HANAZONO 副総支配人・料飲担当 瀧村 勇毅氏
(以下敬称略)

瀧村氏

瀧村 勇毅(たきむら ゆうき)
パーク ハイアット ニセコ HANAZONO 副総支配人・料飲担当
1980年生まれ、京都府出身。高校卒業後自衛隊に入隊、第一空挺団での2年の任期満了に伴い除隊後、ホテル専門学校を経て2004年パークハイアット東京入社。ニューヨークグリル&バーでバーテンダーとしてキャリアをスタートする。後にザ・ペニンシュラホテルズに転職。香港、バンコクでの勤務を経て、ザ・ペニンシュラ東京のオープニングチームに参加。開業後の2009年に海外勤務としてザ・ペニンシュラニューヨークに赴任、ザ・ペニンシュラシカゴではマネージャーを務めていた上海テラス・レストランがフォーブスの星を獲得。2014年にザ・ペニンシュラ東京へと戻り料飲副部長に就任。ザ・ペニンシュラマニラでの勤務を経て同ホテルフラッグシップであるザ・ペニンシュラ香港で同職就任。2019年に帰国しパークハイアットニセコHANAZONOのオープニングスタッフとして料飲部長に就任。2022年に副総支配人・料飲担当に就任。

界を駆け抜けたFBエースが抱く、パークハイアットの哲学とは?

パンデミックにより各国のホテルへの扉が、すっかり遠くなってしまった昨今。海外のホテル取材の記憶は、なお更強く思い返してしまうものです。かつて見た風景、香り、光……。時にフラッシュバックの如く蘇ります。コロナ禍以降、旅を愛する人、旅を仕事にする人は皆、同様にやるせない気持ちを抱えているのではないでしょうか。

その大切な想い出の中に色濃く浮かび上がるのは、器である「ホテル」ではなく、やはり「人」。今回は、フィリピンで出逢った日本人スタッフをご紹介させてください。出逢いは2017年『ザ・ペニンシュラマニラ』、再会の場は、2021年7月北海道『パーク ハイアット ニセコ HANAZONO』。以降、再びご縁を結ばせていただいた 副総支配人・料飲担当、瀧村勇毅さんです。

瀧村氏
(左)泉美 咲月氏(右)瀧村勇毅氏 シガーラウンジに

泉美:瀧村さんとは7月の『パーク ハイアット ニセコ HANAZONO』の取材で、4年ぶりに再会できましたが、この対談のおかげで瞬く間に、こちらに戻って来れました(笑)。ありがとうございます。
(対談収録:2021年11月)

瀧村:こちらこそありがとうございます。マニラ、懐かしいですね。

泉美:こともあろうか当時、『ザ・ペニンシュラマニラ』で料飲部の副部長だった瀧村さんに取材の通訳をしていただくという光栄に預かりました(笑)。
 
そして、瀧村さんや、広報ディレクターのMr.マリアーノ、Ms.グレースと過ごしたディナーは、トラベルジャーナリストとして仕事を続けていく決意が改めてできた想い出深い時間でした。
 
当時は、世界的にブロガー、インスタグラマー他のブームの最中。取材力よりは発信力、筆力よりはPV数の時代とでもいいましょうか。旅のプロであり続ける自信を失っていたときに皆さんに励ましていただきました。お陰様でこうしてHCJ2022にて特別企画対談をさせていただいてます(笑)。
 
加えて、日本人ホテルマンが海外で働く姿を誇らしく感じたことも、私のホテル愛を高めてくれたことのひとつです。

瀧村:そう言っていただけて光栄です。楽しかったですね、あの夜。

泉美:ところで、初めてのホテル業となる『パークハイアット東京』以降、各所ずっと料飲部にご勤務されているんですね。

瀧村:はい。お客様に直接お目にかかってサービスさせていただくことが私の生き甲斐で、それがかなう職場が料飲部というセクションでした。

泉美:海外でFBに携わってきた経験は、ホテルマンにとって大いに価値がありますね。

瀧村:現地の文化をよりが身近に感じられました。風土、気候、歴史、文化、それぞれが食に直結し、その国の飲食を司っています。アメリカとアジアの国々で勉強したことは、今日の財産です。

泉美:瀧村さんは、2007年の『ザ・ペニンシュラ東京』開業の際、主力となる“アンバサダー”というお立ち場でした。6カ国のFBを務め、最終的に旗艦ホテルとなる『ザ・ペニンシュラ香港』に登り詰めたものの、どうして帰国し『パーク ハイアット ニセコ HANAZONO』にご転職されたのでしょうか?

瀧村:ご存じの通り、スタートラインが『パークハイアット東京』でしたし、“パークハイアット”とは、私にとって愛着のある特別なホテルブランドでもありました。
 
“パークハイアット”のフィロソフィーに「Luxury is Personal」という言葉があります。「ラグジュアリーであることは、パーソナライズさせていくこと」という意味です。
 
それは、ひとりひとりにとってのラグジュアリーは各々違うものだからこそ、お客様の意向に合わせて、きめ細やかなサービスを提供していくという哲学です。その意義のもと、ゲストのおひとりおひとりにとっても、特別なホテルであり続けられるようになりたいと私は思っています。

泉美:柔軟性のあるラグジュアリーを提供する“パークハイアット”が瀧村さんの原点であり、基盤となっているということですね。

瀧村:そうですね。好んで訪ねてくださるお客様と特別な強い絆で結ばれているような気がします。お話しを伺うと、皆様はっきりと「パークハイアットのここが好き」という信念を伝えてくださいます。また、数あるホテルレストランのなかで、「パークハイアットの、このレストランしか行かない」と仰ってくださる方も多いです。
 
例えばシェフが好き、サービスの〇〇さんが好きというようにスタッフを愛してくださること。また、お名前を使って声を掛けて貰ったことを素敵なサービスだと感じてくださったなど、皆様それぞれの理由があります。

泉美:わかります。私が初めてホテルに憧れを抱いた2つのホテルのうち、ひとつが『パークハイアット東京』であり、そのサービスやお声掛けでした。
※参考 『泉美 咲月氏 インタビュー -前編-
 
確かに“パークハイアット”で感じる上質なサービスとは、さりげないながらも、「私にとって特別なホテル」と思わせてくれる気配りと、フレンドリーさにあるように思います。

瀧村:おっしゃる通りです。なにより、働いている私が“パークハイアット”が好きということに尽きますが(笑)。

求められるの、それはホテルの雇用の向上

泉美:帰国し、日本で3つめとなる“パークハイアット”、『パーク ハイアット ニセコ HANAZONO』に入社された訳ですが、まさかのコロナ禍直前の開業となってしまいました。

瀧村:私は2019年5月に開業チームに加わり、2020年1月20日にオープンいたしました。

泉美:パウダースノーで世界に誇る、ニセコのトップシーズン中であり、まさにコロナの大波に飲まれる直前ですね。折しも、1月下旬のチャイニーズニューイヤー(春節)を控え、近年のホテル業界の書き入れ時を狙っての開業かと思いますが。

瀧村:本来ならば、賑やかな冬が迎えられたのだと思いますが、あいにく開業式もパーティーもできませんでした。中国からのロングステイのお客様も多く、中国での新型コロナウイルス感染症の状況を不安がられて帰国したくないと仰り、ご滞在を最大限に延長される方もいらっしゃいました。

泉美:以降、どのような営業状況となったのでしょうか?

瀧村氏
ザ・バーにて、オープン当時を振り返る瀧村氏

瀧村:何が正解か、誰にもわかりませんでした。「このまま営業していても良いものか」と途方に暮れそうになりました。マスクは付けるべきか、何人まで1テーブルに着席して良いものかなど、あの頃は、ガイドラインもなく、ただただ手探りでした。とはいえ、4月からGWまで1度クローズしただけで、ずっと営業を続けております。

泉美:このホテルの特色と強みは、世界30カ国の従業員を抱えていることですが、あいにくインバウンドが絶えました。雇用に関して、どう対応されたのでしょうか?

瀧村:オーナーサイドの理解もあり、ホテルは休業手当を支給することによって全従業員の雇用を永続的に確保する方針を取りました。オペレーション上は、状況に合わせて、フェアなシフトを組んでいました。

泉美:雇用の際は、国内在住の外国人を募ったのでしょうか?

瀧村:それが、ほぼ海外から雇用でしたので、採用時もコロナ禍になってからも、人事部は大変苦労したと思います。こういう状況になって、辞めて母国に帰ります、というスタッフも中にはいました。

泉美:しかも、30カ国となると、さぞかしご苦労があったと思います。

瀧村:ホスピタリティ産業への風評被害もあるなか、それでも残って働いてくれる外国人スタッフは数多くいます。母国に家族を残し、日本で働く不安ははかり知れません。
 
一方で、基本的にスタッフの数が不足しています。ホテル業界そのものが人手不足なのだと思います。

泉美:幸い、私は2020年の4月5月の緊急事態宣言明け以降、多くのホテル取材を続けさせていただいています。しかしながら、サービスが不十分というのが現状で、それはブランドや格付けに限らず、人が足りないのが原因です。
 
実際、多くのホテルで雇用していた外国人スタッフを失うことになりました。さらに飲食業、ホテル業は、コロナの制限を直に受けた職業ということもあり、サービス業から沢山の方が離れていきました。とはいえ、明るい未来と、平穏を取り戻したあとに起こるトラベルバブルに向け、不安は否めません。

瀧村:まさに私共が危惧しているのは、今後の人材の確保です。働く人が戻ってこないと新型コロナウイルス感染症が落ち着いても需要があるのにもかかわらず、お客様をお迎えするスタッフが不足すれば営業できなくなることも考えられます。

泉美:例えわずかな、良質なスタッフが頑張ったとしても、お客様にご満足いただけるかは難しいところ。一方で、ただ人を集めればいい訳ではありませんよね。スキルのないバイトが100人いても、ラグジュアリーホテルの機能は果たせません。

瀧村:そうなんです。これは、いち早く取り掛からなくてはならない問題です。まずは、働き手に戻ってきてもらうためにもホスピタリティ産業の雇用のクオリティを上げていく、働きやすい労働環境を作っていくべきなのです。

泉美:その点で言うと、瀧村さんご自身が心がけていることはありますか?

瀧村:ささやかですが、まずはこの『パーク ハイアット ニセコHANAZONO』で働くスタッフを、楽しませることを心掛けています。職場環境を向上させ、楽しみながら、そして幸福感を感じながら仕事してもらうことで、お客様への献身を篤くし、それぞれができる限りのサービスを提供できるようにする。
 
改めて“パークハイアット”に根付く「Luxury is Personal」をブラッシュアップさせ、ハイアットの信念である”We care for people so they can be their best” を実践、働きやすい職場環境を提供することで、より多くの人に、ホテル業で働くことへの魅力を感じてもらい、ホテルで働きたいと志望してきてくれる方々をお迎えしたいと思っています。

泉美:すべての人々がコロナに振り回され、心に影を落とし、とうとう3年目を迎えてしまいました。その分、世界中の皆様が旅を切望しています。
 
今は、目の前を見極めることで精一杯な状況ではありますが、ホスピタリティ産業の皆様には、近くにある明るい未来のために、ここは国やホテルグループを超え、サービス業のレベルアップに取り組んでいただきたいところ。
 
それにはぜひ、瀧村さんにご先導いただきたいですね。そのためには、国際ホテルレストランショーと、微力ながら私も、お力になれればと思っております。

トラベルジャーナリスト/文筆家/写真家
泉美 咲月

1966年生まれ、栃木県出身。伝統芸能から旅までと幅広く執筆・撮影・編集をこなし、近年はトラベルジャーナリストとして活動。海外渡航歴は44年に渡り、著書には『台湾カフェ漫遊』(情報センター出版局)、『京都とっておき和菓子散歩』(河出書房新社)、『40代大人女子のための開運タイごほうび旅行』(太田出版)他がある。アジア旅の経験を活かし、2018年、自身運営の『アジア旅を愛する大人のWebマガジン Voyager』を立ち上げる。タイ国政府観光庁認定 タイランドスペシャリスト2019及びフィリピン政府観光省認定 フィリピン・トラベルマイスター2021。また、日本の医師30万人(医師の94%)が会員である医療ポータルサイト『m3.com』内、Doctors LIFESTYLE編集部にて編集部員兼、医師に向けた旅や暮らしのガイドを務めている。ホテルの扉が1軒でも開いている限り、取材を続けたいという想いのもと、コロナ禍においても一時期を除き、週に1記事の頻度でラグジュアリーホテルの取材・執筆を続けている。

泉美 咲月氏

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