コラム
帝国ホテル 東京「インペリアルバイキング サール」
帝国ホテルは1958年に日本初のブフェスタイルレストラン「インペリアルバイキング」を開店、「バイキング」という言葉を日本人に広く定着させたことでも知られている。
それだけに、業界ではその動向が注目されていたが、安全・安心対策を徹底、「新しい生活様式」対応の「オーダーバイキング」を導入し、満を持してリニューアルオープンした同店の取組みと、新たなサービスについてリポートする。

冒頭で述べた通り日本におけるブフェというサービスの歴史は帝国ホテルから始まった。新館建設に際し新たなレストランの形を模索していた当時の社長・犬丸徹三氏が北欧の伝統料理「スモーガスボード」に着目し、後に第11代総料理長となる村上信夫氏に研究を命じて1958年8月1日、ブフェレストラン「インペリアルバイキング」として誕生させた。
好きなものを自由に選んで好きなだけ食べられる、ということが評判となり多くの人が帝国ホテルのバイキングに行列を作った。
その後国内で同様のブフェスタイルを導入したレストランが数多く登場し、ブフェでは無く店名の「バイキング」はその代名詞として広く用いられるようになった。
その後年月が流れ、2004年には店名を「インペリアルバイキング サール」と変えて営業を続け、現在に至るまで長きにわたって日本のブフェレストランの範として業界を牽引してきた。
2020年に入って間もなく、世界中に拡大した新型コロナウィルスの飲食業や宿泊業に与えて影響についてはもはやここで述べるまでも無いが、宴会、パーティー、飲食店の営業自粛が相次いだことは記憶に新しい。
特にブフェスタイルの食事提供方式が接触感染や飛沫感染のリスクが高いということから、帝国ホテルにおいても営業休止という苦渋の決断を下さざるを得なかった。
その後緊急事態宣言は解除されたものの、安全に安心してお客様に食事を召し上がっていただくためにどうすれば良いか?日本におけるブフェスタイルの源流である帝国ホテルにふさわしい、「ニューノーマル」に対応したサービスとはどのようなものか?をテーマに、社員らが営業再開に向けてアイデアを出し合ったと言う。
その過程について、ホテル事業統括部 広報課 アシスタントマネジャーである北野裕太氏に伺った。
「新型コロナウィルスの感染拡大と、その後発出された緊急事態宣言により、当ホテルも大きな打撃を受けました。その後緊急事態宣言が解除され、直後に色々工夫をされてブフェレストランやパーティーの営業を再開されたホテルもあったようですが、我々としては日本のバイキング(ブフェ)発祥のホテルとして満を持して営業再開しよう、ということで『いかにすればお客様に安全な形で、帝国ホテルにふさわしい食事の内容とサービスを提供してお楽しみ頂けるのか』について慎重に検討を進めることにしました。
『バイキング』を言葉だけで見ると、食べ放題などのイメージもあるかもしれませんが、新しいバイキングの形、バイキングの付加価値を考えたという半年だったと思います。
社会的にも業界的にも、バイキング発祥である当社の動向が注目されていましたが、その結果導き出したのが『タブレットを使ったオーダーバイキングスタイル』でした。
併せて、営業再開日を『バイキングの日』である8月1日と決めました。
この日は一般社団法人 日本記念日協会が認定した、「インペリアルバイキング」が1958年に日本で初めてバイキングレストランとして開業した記念すべき日であり、何としてでもこの日までに営業を再開しよう、と関係スタッフが一丸となって準備を進めてきました。」


取材に訪れたのは営業再開から約4ヶ月を経た頃である。
エントランスから店内に入ると、フロア中央に調理スタッフがイキイキと立ち居ふるまう料理台が目に入る。
今回のリニューアルに際して新たに導入されたディスプレイケースには料理が並べられ、さらにその上部には飛沫防止のアクリル板が吊り下げられている。
テーブルは間隔を空けて設置されており、「密」を避けるため案内人数に上限を設け、席数を減らして営業している。
かつてバイキング(ブフェ)レストランと言えば、大皿に並べられた料理が料理卓上にずらりと並び、客は自らそこに赴き自分の思いのまま、好きなものを好きなだけ皿に盛り付けて席に戻って食べる、というのが当たり前であり、人気の料理には人だかりや行列が出来るといった光景が思い出されるが、そのような光景は見られない。
「まず、密を避ける、飛沫感染を防止するといった観点から新しいバイキングの様式はオーダー方式に変更することは既定方針でした。
肝心なのは、お客様にバイキング本来の楽しみ“好きなものを好きなだけ味わう”をオーダー方式でいかに再現し、帝国ホテルならではの料理とサービスで楽しんで頂くかということでした。」(北野氏)
客席を見渡すと、女性グループ客が数組利用していたが、いずれも広々とテーブルを使い、ソーシャルディスタンスを保ちながらゆったりとした雰囲気で食事をしている様子が目に入る。
各テーブル上にはタブレット端末が置かれており、それを自ら操作して好みの料理を選び、数量や好みの量などを入力して送信すれば、注文がキッチンに即時に送られ、盛り付け次第直ちにホールやキッチンのスタッフがテーブルまで届けてくれる。
提供時間のかかる料理には概ねの所要時間が併記されている。
「オーダーバイキングのスタートに先立ち、一番課題となったのはスタッフのオペレーションでした。
調理だけでなく、サービススタッフも料理を一皿ごとに取り分けて客席にその都度運ぶことに慣れていなかったと言うこともあり、まず双方のコミュニケーションをより円滑にすることを何よりも重視しました」(北野氏)
開店に向けてのハード面準備はさることながら、スタッフの研修も早期から開始したいところであったが、営業休止により調理スタッフやサービススタッフが休業していたこともあり、スタッフが全員揃って本格的な開店に向けての研修期間は7月最後の約1週間のみだったと言う。
営業再開日を目前にした7月30日には従業員をお客様に見立てたシミュレーションを実施し、そこでさまざまな問題点や改善点を洗い出して修正を行い、8月1日を迎えることとなった。
サービススタッフのキャプテンを務める上原直也氏にその頃の様子を伺った。
「今までとまったく異なるサービス方式だったので皆大変だったと思います。お客様にご不便を感じさせないため、一人一人が常に目を配りながら、より自発的に店内を動き回ることが求められます。
私は長年ブフェレストラン以外レストランでもサービス業務を経験してきましたが、やはり経験が浅く従来のブフェ形式のレストランにのみ慣れているスタッフはとにかくそれぞれの担当エリアの仕事をきちんとこなすのが第一だという考えが強く、そのあたりの意識改革が求められました。
そして迎えたシミュレーションは予想通り様々な課題や改善点が出てきましたが、それも全てのスタッフで共有でき、オープン迄に対策が打てたので良かったです。」

レストラン部 インペリアルバイキング サール キャプテン 上原 直也 氏(右)