コラム
HCJ2022 特別企画対談
ザ・ペニンシュラ東京 Peterバー ビバレッジマネージャー 鎌田氏
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トラベルジャーナリスト 泉美氏

”モクテルの女神”、バーテンダー・鎌田真理さん(ザ・ペニンシュラ東京 Peterバー)
聞き手/写真 泉美 咲月氏
ゲスト ザ・ペニンシュラ東京 Peterバー ビバレッジマネージャー 鎌田 真理 氏
(以下敬称略)

鎌田 真理(かまた・まり)
ザ・ペニンシュラ東京 Peterバー ビバレッジマネージャー
約10年間バーテンダーとして経験を積んだ後、2007年9月のザ・ペニンシュラ東京のオープン時より、Peterバーにてシニアバーテンダーとしてバー全体を統括する。これまで、国内外の様々なカクテルコンペティションにて受賞し、2009年 ディアジオ社主催ワールドクラス カクテルコンペティション日本大会にて優勝、日本代表としてロンドンで開催された世界大会に出場。サービスシアターチャレンジにて1位、総合2位となる。2017年6月に館内すべての直営レストランと宴会のドリンク類を統括する、ビバレッジマネージャーに就任。ソムリエ・唎酒師の資格保有。絶えず秀逸なカクテル及びモクテルを作り出している。
コロナ禍が導いた、ホテルバーの新境地とは?
誰もが予測不可であったコロナ禍。外食産業はもとより、ホテル業界にとっても大打撃をもたらしました。感染予防措置の時短営業に加え、思いもよらぬ酒類提供禁止。とくにお酒を提供する店舗にとっては、艱難辛苦の2021年であったことは否めません。
一方、2007年の開業以来、『ザ・ペニンシュラ東京』のPeterバーのカウンターに立ってきた鎌田真理さんは、いうならば、”モクテルの女神”。逆境の中、去る9月にノンアルコールドリンクのオリジナルセレクション『ザ・ゼロプルーフ』をリリースし、ホテルバーの未来に新風を巻き起こしています。そこで早速、鎌田さんをお訪ねしました。

(左)鎌田真理氏(右)泉美咲月氏 1階から直通のエレベーターでアクセスするPeterバー。24階に位置し皇居外苑や日比谷公園が見渡せる都会的なバー
泉美:昨年(2020年)、11月にお邪魔した際、Peterバーはカクテルばかりでなく、モクテルを愛飲されるお客様が多いと伺い、とても驚きました。確かに鎌田さんのモクテルは、コンペティションで優勝されるなど高い評価を受けておいででしたね。今年になって、酒類提供禁止というアルコール提供店には厳しい措置が課せられ、皮肉にも”ノンアルコール時代”に突入したこともあり、鎌田さんのことをよく想い出していました。
鎌田:ありがとうございます。初めてのコンペティション優勝はカクテルでしたが、2017年に国内初のモクテル・コンペティション開催時、『エピスルージュ』で優勝したことで、より力を注ぐようになりました。

お酒が飲めない方やお酒が飲めない状況においてもバーを楽しんでいただきたい、そんな強い思いを込めてノンアルコールセレクションを再強化し『ザ・ゼロプルーフ』と命名。一番左が『エピスルージュ』
泉美:『エピスルージュ』は、どのように生み出されたのでしょうか?
鎌田:300人の一般のお客様と審査員による投票によって選んでいただきました。まずは、皆さんが絶対に知っているドリンクを主役にと想い、選んだのがカルピスです。そこにカルダモン、ピンクペッパー、コリアンダーなどのスパイスをインフューズ(漬け込み)し、複雑な味わいを加えて仕上げました。バーの空間を楽しんで貰うためにもジュースのように飲みやすくグビグビ飲めてしまうのではなく、スパイスで喉に突っかかるような複雑さを出すことで、お酒に近づけようと考えました。さらに赤ワインに着想を得て、ワインの原料に使用する葡萄品種からできた葡萄ジュースを使い酸味を、トニックウォーターで苦みを加えています。
泉美:『エピスルージュ』というフランス語のネーミングの響き。スタイルも、フランスの黄金時代の社交場で飲むお酒のようにも見えてムードがあります。さらに味の組み立て方も女性らしさを感じさせてくれる1杯です。一方で、当の鎌田さんは、お逢いすると、とてもサバサバしていて男前(笑)。そのコントラストの差と、内なる才能や女性性をモクテルで表現している点に、とても感心しました。そもそも、お酒は苦手だそうですね。
鎌田:はい、お酒は大好きなんですが、少量で酔っぱらってしまう体質です。けれど、バーには行きたいんですね。会話を楽しんだり、雰囲気に酔いしれたりできるところに魅力を感じているのですから。でも、そんな時に、ジュースやウーロン茶を頼んでムードを壊したくないですよね。そこで、カクテルが持つフレーバーやテクスチャーを私自身が作り込んで、モクテルに仕立てたいと思うようになりました。
泉美:だからこそ、とても繊細な印象を受けます。おそらく失敗も受け入れ、アレンジに変えていくのかなと、初めて『エピスルージュ』を口にした際に感じました。
鎌田:その通りです。チャレンジ精神は旺盛ですね。ノンアルコールで、おいしく作るという狙いだけならば、ジュースを混ぜるだけでいい。でも、それではプロの味にはなりません。レシピ作りと挑戦は、20数年間取り組んできたカクテルで培ってきた力。それをモクテルにも活かしていきたいと考えます。
泉美:お客様は、酔っぱらうためだけにバーに来ているだけではないと思うんですね。そこで楽しむ空間、会話、カクテルのクオリティと求めるものは様々あります。私ならば、居心地と雰囲気の良い店で、おいしいカクテルを飲みたいですし、それを作るバーテンダーのパーソナリティとレシピを生み出したストーリーに触れたくて、バーの扉を開き続けています。出逢いと感動の場だからこそ、お酒が飲めない方をバーから締め出すべきではないと思います。
鎌田:私同様にノンアルコールでバーを楽しみたいと思っている方、意外と多いものです。中には健康のためにお酒を控えている方もおいでになる。すべての方のご期待に応えるためにもメニューに、バーらしい味わいあるモクテルがあるべきなのです。
泉美:そうですね。そうした鎌田さんの取り組みと心意気こそ、ノンアルコール時代の先駆者たる所以で、”モクテルの女神”と私は、呼びしているのですよ。
いち“女性バーテンダー”から、憧れの存在へ

開業時からのシグネチャーカクテル『東京ジョー』もオリジナル ゼロプルーフセレクションに加えられ、モクテルバージョン『ベビー東京ジョー』としても提供されている
泉美:ホテルバー、街のバーとの間で、少し隔たりがあるように感じることもあるのですが、その点、鎌田さんは、両方の先輩後輩の皆さんから好かれ、尊敬される存在でもあります。カクテル、モクテルの受賞歴ばかりが評価ではないと感じますし、なおさら歴史と魅力を解き明かしたいものです。まずはなぜ、バーテンダーを職業に選んだのでしょうか?
鎌田:ホテルの専門学校に通っていて、学校から紹介されたアルバイト先がホテルバーだったのがきっかけで興味を持ちました。卒業後、そのホテルに入社したいと思ったのですが、面接時に「ここに入っても女性は、バーテンダーにはなれないよ」と言われてしまいました。それで改めてバーテンダーになれる職場を探すことに。そんな時にテレビに出演している女性バーテンダーの存在を知り、入社試験を受け合格することができました。
泉美:バーと言えば縦社会であり、男性社会というイメージが、まだ少なからずあります。鎌田さんもまた、それなりにご苦労をされたのではないでしょうか?
鎌田:従業員間では幸いなかったものの、お客様の中には、女性バーテンダーが作ったカクテルを飲みたくない、おいしく感じられないという方も少なからずおいででした。
泉美:他の業界でも、残念ながら耳にしますね。
鎌田:とはいえ、私が目指した先輩女性バーテンダーは、テレビや雑誌他のメディアに出て、本も出版するなど、社会的にも認知されており当然ながら彼女が作るカクテルも、お客様から高く評価されていました。でも、私がカウンターに立っていると「鎌田ならば、ワインでいい」と。ワインはコルクを開けるだけで済むと思われ、度々、悔しい思いをしました。だからこそ、私の作るカクテルを飲んでいただくきっかけが欲しいと考えて、カクテルコンペティションで1位を目指そうと決意しました。野心からではなく、『鎌田真理』というバーテンダーのブランドになることを志したのです。その後、コンペティションで優勝し日本一になり、やっと「鎌田が作ったカクテル、おいしいな」と言っていただけるようになりました。
泉美:それを乗り越えた鎌田さんも根性がありますね。ご自身をブランディングするというのは、どなたかのアドバイスですか?
鎌田:違います。
泉美:ならば、負けず嫌いですか?
鎌田:そうですね(笑)。
泉美:私もです(笑)。ご自分の性格を分析されると、どんな感じですか?
鎌田:負けず嫌いな上に、チャレンジしたがり屋ですね。
泉美:バーテンダーには、そういう気質の方が多い気がします。
鎌田:とにかく好奇心旺盛で、失敗するのも楽しいし、成功するのも楽しい。常にチャレンジし続けたい。バーテンダーの中には、確かに目立ちたがり屋もいるのですが、私はどちらかというと新しいことを挑戦し続けたいという思いが強いです。そして、大会で負け続ければ悔しい、悔しいから何度もチャレンジし、日本一になったら、今度は世界を目指す。その繰り返しです。
泉美:益々共感しました。では、初めてコンペティションに出場したのは何歳のときでしたか?
鎌田:24歳で、早咲きの方だったと思います。そこから持久力を保ち続け、40歳近くまで優勝を目指す道を走り続けました。
泉美:目標を立てるタイプですか? それとも体当たり?
鎌田:体当たりです。全部感覚で「面白そうだな、チャレンジしよう!」と。それに周りにビックリされるくらいポジティブですね。失敗して反省をしても落ち込まず、逆手に取るところが大いにあります。
泉美:なるほど、女性が育ちにくかった時代にご自身をブランディングしてきたからこそ、勇者となり、今や後進の男性バーテンダーの憧れの存在になっているんですね。
鎌田:そう思ってくださっていたら、すごく嬉しいですね。
泉美:嬉しいといえば、これまでのバーテンダー人生の中で感じた幸せとはどんなことでしょうか?
鎌田:バーに行きたくても行きづらいと感じ、遠慮してきたという女性のお客様が、女性バーテンダーがいると知って来店してくださったことがありました。それがこれまで仕事をしてきて一番嬉しかったことです。
泉美:素敵ですね。女性のお客様の増加と、鎌田さんを目標とし、女性バーテンダーが増えるきっかけであって欲しいと願っています。
ザ・ペニンシュラ東京で培ったものとは?

オリジナル ゼロプルーフセレクションから『江戸パレス』。『ザ・ペニンシュラ東京』が位置する場所がかつての江戸城の一角にあることから江戸城に着想を得た
泉美:私自身がザ・ペニンシュラホテルズのファンでもあるので、鎌田さんのペニンシュラ・スピリットにも迫らせていただきたいと思います。2007年の開業時に入社されていますが、どうして『ザ・ペニンシュラ東京』を選ばれたのでしょうか?
鎌田:動機は、専門学校生時代に遡りますが、外資系のホテルについての授業を受けた際に旗艦ホテルである『ザ・ペニンシュラ香港』の存在を知りました。その時に「香港のペニンシュラで働きたい!」と思ったんです。
泉美:直感的に?
鎌田:はい、そうです。でも、同時にホテルのバーテンダーを目指すことにもなり、ザ・ペニンシュラ香港で働くよりも、まず女性バーテンダーが活躍しているホテルに勤め経験を重なるべきだと考えました。すると10年後、日本にペニンシュラが開業すると耳にしました。これで夢が叶うな、東京で働いたら、きっと香港に勤められると思い、転職することにしました。入社後の2009年にディアジオ社主催ワールドクラス カクテルコンペティション日本大会で優勝することができました。世界大会では2位になったことから、バーの名前の由来にもなったCOO、チーフオペレーティングオフィサー、最高業務執行責任者であったピーター・C・ボーラーから、受賞のご褒美に行きたいホテルに行っていいと言われました。しかも、せっかくなので、香港やNYのペニンシュラにカクテルを教えてきて欲しいと。それで2、3週間という短い間でしたが、念願の『ザ・ペニンシュラ香港』で働くことができました。
泉美:言霊ですね。『ザ・ペニンシュラ香港』で働きたいという直感と願い、努力が夢を引き寄せた訳ですね。
鎌田:それを機に、ゲストバーデンダーとして北京、上海、マニラ他と出掛けるようになり、各国のペニンシュラで働けるならば東京にいれば十分だと。それで香港に異動する志願をやめました。
泉美:『ザ・ペニンシュラ東京』に骨を埋める道を選んだのですね。各国で経験できるというのは、外資系ホテルの長所ですね。私も、バンコク、マニラ、パリと幾つかのペニンシュラに取材でお邪魔していますが、ペニンシュラならではのカラーや国境を越えたファミリー感があります。現地の広報担当者も各プロパティのスタッフの顔ぶれを熟知していて「東京の誰々は元気?」と着いてすぐに尋ねられることも多いですね。
鎌田:そうなんです。ザ・ペニンシュラホテルズは現在、10か所を拠点に展開していて、少ない分、横の繋がりがとても強い。国と国ではなく、東京支店と北海道支社くらいの近い距離間があります。
泉美:実際に憧れの『ザ・ペニンシュラ香港』に行かれてみていかがでしたか? イメージと差はなかったですか?
鎌田:特になかったです。確かに19歳のときは、1階はショッピングアーケード、正面玄関にはロールス・ロイスが並びと、とにかくゴージャスな印象を持ちました。実際に行ってみると、歴史を背負い、スタッフ一人ひとりが確固たる自信を持っている働いている姿を目の当たりにしました。私のような『ザ・ペニンシュラ東京』のオープニングスタッフは、当時、来日した香港のスタッフからトレーニングを受けていますので、すでにペニンシュライズムをそもそも授けられていたのだと現地で実感することができました。
泉美:なるほど。国を隔てても、ホテル間に国境はないということでしょうか。それにしても外資系ホテルバーで働くということは、国際感覚を養えるだけでなく、鎌田さんが経験してきたゲストバーテンダーや海外研修も利点ですよね。また、外資に限らずラグジュアリーホテルは、研修制度やレシピ開発にも熱心です。なにより、レストランのジャンルも幅広く、味を学べ、シェフのアドバイスなども受けることができる贅沢な環境にあると思うんですね。
鎌田:身近に各飲食のプロフェッショナルがいるのが強みです。料理だけでなく、たとえばペストリーのシェフのケーキレシピを参考にさせてもらったり、ショコラティエと会話できたり。シェフたちもバーデンダーの意見を参考にしてくれます。とにかく学べる機会に満ち溢れています。
泉美:その背景がホテルバーテンダーの表現力を育て、豊かにしているように見受けられます。また、決して安くはないホテルバーで飲むお客様は、経験値も高く、味をよくご存じです。そういう意味では、バーテンダーも鍛えられますよね。
鎌田:まさにお客様に鍛えていただけ、世界のトレンドも把握できます。世界各国からいらしていただいたお客様が現地で流行ってるカクテルを注文してくださることがあります。当然、知らないカクテルもあり、逆にレシピを教えて貰うことも。それによって新たなチャレンジを始めることができますし、わからないながらも、推測してお出した際、「おいしいよ」と褒めてくださることも励みになります。
泉美:お客様が戻ってくるコロナ収束後が待ち遠しいですね。モクテルブームを先導する鎌田さんのチャレンジは『ザ・ゼロプルーフ』の誕生によって、加速する一方だと確信することができました。『ザ・ペニンシュラ東京』のPeterバーの躍進を益々期待しています。
トラベルジャーナリスト/文筆家/写真家
泉美 咲月 氏
1966年生まれ、栃木県出身。伝統芸能から旅までと幅広く執筆・撮影・編集をこなし、近年はトラベルジャーナリストとして活動。海外渡航歴は44年に渡り、著書には『台湾カフェ漫遊』(情報センター出版局)、『京都とっておき和菓子散歩』(河出書房新社)、『40代大人女子のための開運タイごほうび旅行』(太田出版)他がある。アジア旅の経験を活かし、2018年、自身運営の『アジア旅を愛する大人のWebマガジン Voyager』を立ち上げる。タイ国政府観光庁認定 タイランドスペシャリスト2019及びフィリピン政府観光省認定 フィリピン・トラベルマイスター2021。また、日本の医師30万人(医師の94%)が会員である医療ポータルサイト『m3.com』内、Doctors LIFESTYLE編集部にて編集部員兼、医師に向けた旅や暮らしのガイドを務めている。ホテルの扉が1軒でも開いている限り、取材を続けたいという想いのもと、コロナ禍においても一時期を除き、週に1記事の頻度でラグジュアリーホテルの取材・執筆を続けている。
