コラム
HCJ2022 特別企画対談
ザ・リッツ・カールトン沖縄 マーケティング コミュニケーションズ・マネージャー 原田 あんり氏
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トラベルジャーナリスト 泉美氏

CAP 原田あんり氏
聞き手/写真 泉美 咲月氏
ゲスト ザ・リッツ・カールトン沖縄 マーケティング コミュニケーションズ・マネージャー 原田 あんり氏
(以下敬称略)

原田 あんり(はらだ あんり)
ザ・リッツ・カールトン沖縄 マーケティング コミュニケーションズ・マネージャー 原田あんり
2002年、フォーシーズンズホテル丸の内、ホテルオープニングの料飲部メンバーとして入社。2004年、フォーシーズンズリゾート モルディブ アット クダ フラへ異動し海外経験を積み、帰国後フォーシーズンズホテル丸の内にて、広報を担当。2007年、ザ・ペニンシュラ東京にて、再度ホテルオープニングを料飲部メンバーとして経験し、2008年より、同ホテル内でエグゼクティブオフィスの秘書を務める。2018年より、同ブランドのザ・ペニンシュラホテルズにてリージョナルセールスアシスタントを経て、2020年、ザ・リッツ・カールトン沖縄にてマーケティングコミュニケーションズマネージャーに着任。
家族が大切、ホテルが好きだからこそ働き方を変える勇気
ホスピタリティ業界は、外側から見ると残念ながら「楽園」ではないようです。とくに人材不足はコロナ禍を経て、ますます極地を迎え、再び訪れようとしているホテル開業ラッシュを思うと、まずはホスピタリティ業界全体で雇用条件、福利厚生ほか、様々な改善をしていくべきと考えます。
昨年4月、『ザ・リッツ・カールトン沖縄』で出逢った原田あんりさんは、都会のラグジュアリーホテルから、沖縄へと転職されたばかりでした。動機は、ご家族のことを第一に考えて勤務地や職場を選びたいという願いから。それは、これからのホテル業界に求められる働き方であり、さらにホテルで働く女性にとって、ひとつの指針となる選択です。
泉美:コロナ禍にあって、もっとも取材・試泊させていただいたホテルが私にとって『ザ・リッツ・カールトン沖縄』です(2020年2月~2022年6月で4回)。その2度目の昨年、4月に初めて原田さんとお目にかかったのがお付き合いの始まりです。
原田:いつもありがとうございます。今では泉美さんは、まるで我が家に戻ってくるかのように「ただいま~」と軽やかに当ホテルに帰ってきてくださいます(笑)。改めましてお帰りなさいませ。
泉美:ただいま(笑)。なにより私がラグジュアリーリゾートホテルを好きな上、皆さま、毎々あたたかく迎えてくださいます。そのムードとおもてなしが『ザ・リッツ・カールトン沖縄』の魅力ですね。
初対面は、原田さんがご転職してまもなくでしたね。
原田:2021年4月29日に館内に『ザ・クラブ・エクスペリエンス(THE CLUB EXPERIENCE)』がスタートするにあたり、泉美様に直前にご取材いただきまた。私は、ちょうどその1年前沖縄に参りました。 東京から沖縄への引っ越しも、着任も同時でした。とはいえ、コロナ禍真っ只中でしたので着任して早々にホテルが休館するなど大変な時期でもありました。

CAP (左)原田あんり氏(右)泉美 咲月氏 撮影:丸尾智雅(日本能率協会)
泉美:お話しを伺ってみると前職は『ザ・ペニンシュラ東京』だったと。残念ながらご在席時は面識がなかったのですが、取材でお世話になってきたホテルでしたので原田さんに親近感を持ちました。しかも、都会から離島という大胆な転換であり、家族揃っての移住と聞き、当時驚きました。
ではまず、沖縄に移住しようと思ったきっかけを教えてください。
原田:一番の動機は、子どもたちを自然豊かな場所で育てたいと願ったからです。私には二人の子どもがおります。引っ越した時は、ちょうど上の子が小学校2年生で、下がまだ3歳の未就学児。大きくなればなるほど、お友達と離れがたいなど、引越ししにくい状況になります。そこで「今しかない!」と心を決めました。
泉美:どのような準備をされたのでしょうか?
原田:夫と共に1年ほど前から計画し家族全員で引っ越してきました。住居も子ども中心に考え、過ごしやすい学校、教育環境が整っている場所にしました。ですから、まず住む場所を沖縄に決めてから小学校を決め、次に家を決めて、最後に仕事をという手順で、すべて家族ありきの考え方です。
泉美:ホテル勤務の方が本州から沖縄のような離島に来る場合は、単身でご転職、もしくは開業などの立ち上げスタッフとしてなど、普通は仕事中心にお考えになりますよね。
あえてお子さまを優先した考えは、同業者の方々も高い関心をお持ちになると思います。
原田:私は、生まれも育ちも東京で、勤め先も東京でした。だからこそ田舎がある方がずっと羨ましかったんですね。そして、子どもたちが生まれ育ったのは神奈川県横浜市の中心街。繁華街を抜けて通勤ラッシュを逆らって通学している後ろ姿を見送っているうちに「こうした環境のままでいいのだろうか?」と考えるようになりました。
ですが、今なら親が子供の成長する場所を決めてあげられる。自然のなかで、子供のときだけしかできない経験をさせてあげることができると考え、家族で移住を決意しました。横浜で通っていた小学校の先生方も、転入手続きほか、親切に対応頂き送り出してくださいました。
泉美:前職である『ザ・ペニンシュラ東京』の反応はいかがでしたか?ご退職がコロナ禍になってしまっていましたね。
原田:私の意志を尊重した上で送り出してくれました。退職はコロナ前に決めておりました。あいにく退職とコロナによる混乱が重なってしまったので申し訳ないな、これからどうなってしまうんだろうなと東京にも沖縄にも不安はありました。
泉美:転職の経緯をお聞かせください。
原田:住まいが決まった時点で、家から近いところを探し始めました。これまで勤めてきたラグジュアリーホテルの経験を活かせるところ。そして、自分にあっているポジションであることもポイントでした。とはいえ、子供優先の考えですから働きやすいホテルであるのも重要です。
泉美:幸い沖縄は、どんどんラグジュアリーホテルが開業し、人が足りないのは事実で人材に関しては、売り手市場でもあります。
では、なぜ『ザ・リッツ・カールトン沖縄』を選んだのでしょうか?
原田:なにより私の働き方、条件を理解してくれました。そしてラグジュアリーホテルの頂点に君臨する「ザ・リッツ・カールトン」というブランドに憧れもありました。ですから「私で勤まるのだろうか?」という不安も伴いましたが、これまで培ってきた経験を活かしていきたいという思いが勝りました。
実際に現地の皆さんとお話しし、ホスピタリティの高さ、おもてなしの心を大切にしているのを真底感じて間違いないなと思いました。
泉美:おかげさまで私は、国内の「ザ・リッツ・カールトン」をすべて取材させていただいてますが、それを前提に比較すると『ザ・リッツ・カールトン沖縄』は、リゾート地ということもあり、独自の個性を持つプロパティに感じています。
原田:リゾート地にある「ザ・リッツ・カールトン」だからこそ、働く意義を感じました。都会のラグジュアリーホテルとは、風土も客層も違います。都会の研ぎ澄まされた感性とは一線を画した癒しやフレンドリーさが魅力です。

CAP 海が見渡せるザ・ロビーラウンジにて、原田氏
泉美:初めてお逢いした際、引っ越してきて間もないけれど、すぐにお子さんの変化を感じた、笑顔を見て、移住してきてよかったと原田さんがおっしゃっていたのが印象的で、改めて対談でお話しを伺いたいと思ったのが今回の大きな要因です。
原田:幼いせいか柔軟性のある下の子の方には強い影響を与えたと思います。気付いたら裸足で走り回ってました。横浜にいた頃とは比較できないくらい元気のいっぱい。
上の子が通っているのは、土地柄、少人数ですが皆が仲良く、やさしい子ばかりです。とくに沖縄の子どもたちは大らかでやさしく感じます。急に別の土地から転校してきたというのになんの偏見も差別もなく、受け入れてくれたせいか、子供もあっという間に馴染みました。「万が一、馴染めなかったら?」と心の奥で感じていた私の心配は無用だとすぐに気づきました。
泉美:そのお話しを伺った際に、きっとお母様である原田さんの雰囲気、表情自体も、ここにきて変わったのではないかなと思ったんですね。親御さんの悩みや緊張感こそ、お子さんに伝わりやすいものですから。
原田:そうですね、変わったと思います。とはいえ、働き始めてみると仕事量も内容も東京にいる頃と同じでした。マリオット・インターナショナルは、大きなホテルグループということもあり、プロモーション数も多く、本国からどんどんオファーがきます。
とはいえ、オンとオフがこちらにきてからハッキリと区別できるようになりました。仕事が休みの日は、家族揃ってビーチで朝ごはん。あるときは、お弁当を持ってハイキングしながらランチなど、レジャーの質も変わり、家族の時間も増えました。自然のなかで生きているからこそ都会では得難い体験をしています。
保護者にも地域性がでます。都会とはまったく違いますね。学校行事にも協力的で、運動会の直前に一丸となって草刈りを行うなど積極性がある。沖縄ならではのペース、おおらかさにも救われています。
泉美:体験はお子さまだけの恩恵ではありません。大人の心も落ち着かせ、開かせるもの。ホテル業界の転職というと大部分がステップアップですが、原田さんの場合は、生き方や働き方の起動修正にもなっていて貴重な体験談だと思います。
奇しくも引越し・転職の途端に第一回目の緊急事態宣言(2020年4月7日)となりました。とはいえ、そうした人生の機微だからこそ良いタイミングだったかもしれませんね。
原田:そうですね。引っ越してきてたものの新学期が始まらず学校が始まらず、ホテルも休業を余儀なくされました。そのせいか、そこで休暇をとったような気持ちになり、リセットできたきがします。
泉美:沖縄で暮らす期間を決めているのですか?
原田:決めておりません、子供たちがこの土地を好きならば、ここにずっと住んでもいいのかなと思っています。フットワークは一家で軽いので、また「引っ越そう!」と思ったら、違う土地に行ってしまうかもしれませんが(笑)。
ラグジュアリーホテルの使命と沖縄の地に向き合う覚悟
泉美:住む場所は変わっても原田さんがホテルを辞めない、その魅力とはなんなんでしょうか?
原田:まず、ホテルが好きで、ホテルで過ごすことがなにより楽しいんですね。家族でよくホテル泊まりに行きます。それぞれに趣きの違う客室に泊まったり、ホテルレストランで食事をしたりするのも大好きです。プライベートでホテルに宿泊することでリセットされる感覚を得ています。
そして、リゾートホテルである『ザ・リッツ・カールトン沖縄』で働きながら、リラクゼーションを感じています。自分自身がラグジュアリーホテルのリゾートに癒される感覚を体験できて本当によかったなと思います。だからこそ、この感覚をホテルにお越しになるお客様にご提供し喜んでいただきたいと願うのです。
泉美:2022年、『ザ・リッツ・カールトン沖縄』は節目となる10周年を迎えました。宿泊パッケージやオリジナルノベルティの製作、10周年記念ディナーなど盛りだくさんでしたね。原田さんの着任後、もっとも大きなプロジェクトになりました。
原田:おかげさまで5月28日に10周年を迎えることができました。その際、第一弾では「A Moment of OKINAWA」という最上級のスイートルームに二泊三日でお泊りいただく100万円のスペシャルパッケージを。第二弾では、沖縄の方言で「助け合い」を意味する「ゆいまーる」を名称にした特別宿泊パッケージを発売させていただきました。
『ザ・リッツ・カールトン沖縄』では、沖縄の自然や文化を守り、次世代へ伝えていくことを大切に考えています。そうした地球環境に配慮した旅の取り組みを継続的に行うことで持続可能な地域づくりへ貢献したいと願いを「ゆいまーる」に込めました。
アイテムのひとつに「ザ・リッツ・カールトン沖縄オリジナルサスティナバッグ」があります。これは、これまで廃棄されていたパイナップルの葉を繊維にしてつくられたもの。天然繊維でできているバッグは土に還り再びパイナップルを育てることもできるサステイナブルなものです。デザインは鉄板焼きレストラン『喜瀬』のシェフ、森桂太が考案いたしました。描かれているモチーフは、沖縄県北部・世界文化遺産やんばるの森に生息する生きものとなっています。

CAP 「ゆいまーる」に付属されるパイナップルの葉の繊維で作った「ザ・リッツ・カールトン沖縄オリジナルサスティナバッグ」
泉美:マリオット・インターナショナルは早くからSDGsに積極的に取り組んできましたね。2021年1月より開始されアジア太平洋地域の15軒のホテルで行われた体験型プログラム『Good Travel with Marriott Bonvoy』にて日本では唯一、こちらが参加されていてメディアでは私が最初に体験させていただきました。
その際に向き合っていたのは、沖縄にとって深刻な問題となっている地球温暖化による海水温の上昇がサンゴの白化。原因は温暖化だけではなく。汚染水や土砂の流入など人的影響なども影響しています。
サンゴについて学び、苗づくりをし、人工のサンゴ礁に植え付けを行う。またはその様子を見学するなど、アクティビティを楽しみつつ、環境保護に取り組めるのは参加者にとっても有意義で、ここでしかできないプログラムでした。

CAP 実際に『サンゴの苗づくり』を体験し、人工のラグーンに潜る泉美氏(2021年4月)
原田:サンゴ礁の問題と同時に、パイナップル畑の赤土流出問題は、今や沖縄全体で取り組んでいかなくてはいけない問題です。赤土で海が汚れるだけではなくサンゴ礁にも影響を与えてしまうからです。その第一歩として今回、サステイナブルバッグを製作いたしました。
泉美:おもてなしだけに留まらず、宿泊者の皆さまに「沖縄のいま」と「未来」を伝える、これからのラグジュアリーホテルに課せられた課題です。しかも、原田さんご自身がホテルで働くことの革新をされている。そういう意味では、『ザ・リッツ・カールトン沖縄』は、ホテルのなかで見本となる存在であるのがわかりました。
トラベルジャーナリスト/文筆家/写真家
泉美 咲月(いずみ・さつき)氏
1966年生まれ、栃木県出身。伝統芸能から旅までと幅広く執筆・撮影・編集をこなし、近年はトラベルジャーナリストとして活動。海外渡航歴は44年に渡り、著書には『台湾カフェ漫遊』(情報センター出版局)、『京都とっておき和菓子散歩』(河出書房新社)、『40代大人女子のための開運タイごほうび旅行』(太田出版)他がある。アジア旅の経験を活かし、2018年、自身運営の『アジア旅を愛する大人のWebマガジン Voyager』を立ち上げる。タイ国政府観光庁認定 タイランドスペシャリスト2019及びフィリピン政府観光省認定 フィリピン・トラベルマイスター2021。また、日本の医師30万人(医師の94%)が会員である医療ポータルサイト『m3.com』内、Doctors LIFESTYLE編集部にて編集部員兼、医師に向けた旅や暮らしのガイドを務めている。ホテルの扉が1軒でも開いている限り、取材を続けたいという想いのもと、コロナ禍においても一時期を除き、週に1記事以上の頻度でラグジュアリーホテルの取材・執筆を続けている。
ブログ:https://izumi-satsuki-blog.com/
Instagram:https://www.instagram.com/satsukiizumi/
