コラム

HCJ2022 特別企画対談
JWマリオット・ホテル奈良 総支配人 クリストファー・クラーク氏
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トラベルジャーナリスト 泉美氏

クリストファー・クリス氏
クリストファー・クリス氏

聞き手/写真 泉美 咲月氏
ゲスト JWマリオット・ホテル奈良 総支配人 クリストファー・クラーク氏
(以下敬称略)

クリストファー氏

クリストファー・クラーク
JWマリオット・ホテル奈良 総支配人
アメリカ出身、コネチカット州ダンベリーのウェスタン・コネチカット州立大学で経営学の学位を取得。成都、ソウル、東京、三亜、バリ、クアラルンプール、アトランタなど、世界各地のザ・リッツ・カールトン・ホテル&リゾートにて様々な上級管理職を歴任。ザ・ベスト・ホテル・ジェネラル・マネージャー・トップ20に選ばれている。2015年より『ザ・リッツ・カールトン大阪』の総支配人を務め、同ホテルは一流の格付けとして知られる「フォーブス・トラベルガイド」で最高の4つ星を獲得。2019年6月に『JWマリオット・ホテル奈良』の総支配人に着任。

ロナ禍の初上陸・開業を果たしたのは果敢なチャレンジ精神

新ホテル開業の際、「日本初上陸」というキャッチフレーズを聞く度、胸がワクワクするものです。とくに『JWマリオット・ホテル奈良』の開業のニュースを初めて耳にしたときは、皆さま同様に「いよいよ!」と興奮したものです。数々のホテルブランドが旅人の流れを変え、吸引力となっている時代へと変化を遂げる最中の朗報でした。

また奈良県にとっては、『JWマリオット・ホテル奈良』がオープンする2020年は、新しい「奈良旅行」の幕開けとなるはずでした。しかし、それを遠ざけてしまったのもまたコロナです。

さて、今では、コロナ禍の初頭ともいえる2020年9月。開業して2カ月目の頃、初めてお目にかかった「クリス」ことクリストファー・クラーク総支配人から感じられたのは、悲壮ではなく「情熱」でした。そこでパンデミックにもめげず、歩みを止めずにきた彼の軌跡と奮闘について伺いたく、再び奈良を訪ねました。

(以下、クリスと表記、敬称略)

クリストファー氏
(左)クリストファー・クラーク氏(右)泉美 咲月氏 撮影:丸尾智雅(日本能率協会)

泉美:『JWマリオット・ホテル奈良』は、2020年7月22日に開業となりましたが当初の開業予定日は2020年4月だったそうですね。しかしながら無情にコロナ禍へ突入。ほどなくして第一回目の緊急事態宣言発令と混乱のなかのオープンとなりました。
 
しかも『JWマリオット・ホテル奈良』の開業前、“クリストファー・クラーク”といえば、「ザ・リッツ・カールトン」を体現する総支配人のおひとりと広く認知されていたホテリエでした。

クリス:私はアメリカ本国の『ザ・リッツ・カールトンアトランタ』に始まり、マレーシア、中国、韓国、インドネシア、そして日本と、アジア5カ国の「ザ・リッツ・カールトン」に勤務し、早22年になります。

泉美:同じブランドとはいえ、アメリカからアジアへと極端なエリア替えですね。しかもまったく違った文化と風土です。

クリス:生まれも育ちもアメリカだった私は、そもそもアメリカから出て、海外で働くことすら想像もしておりませんでした。しかし、転勤を命じられ、せっかくの機会を与えられたのだからと希望を持って故郷を飛び出し、まずは2年間チャンレンジすることに。それが「あと少し」「あと少し」と繰り返すうちにアジアで働くことを楽しむようになっていました。

泉美:アメリカとアジアの大きな違いとは?

クリス:最初の着任先はマレーシアでした。現地に着いて、もっとも衝撃的だったのは、私がアメリカからやって来た「異邦人」であるという事実。当然、食べ物や宗教も、街の香りも景色も、まったく違っていて、正直なところ「これから、ここで暮らし、働いていくのか……」と頭を抱えてしまい、最初の一週間は、とにかくキツかったですね。
 
そこで、まずは、新しい状況を体験してみようという気持ちに切り替えました。するとアメリカと東洋の国々の「違い」に気が付きました。
 
アジアの国々は、強い個性と特徴があります。習慣や文化をしっかり理解して取り組む必要があると共に、私自身のマネジメントスタイルを変える必要を求められました。アメリカ流の考え方や戦略では立ち行きません。マレーシアは、マレーシア系とチャイニーズ系で、文化が分かれていますから多様性を経験するには良い土地でした。

泉美:ミックスカルチャーの坩堝であるマレーシアは、そういう意味では刺激的なスタートとなりましたね。
 
その後、長らくアジア圏のホテルでご活躍され、奈良の前は「ザ・リッツ・カールトン」ブランドの日本進出1号となる『ザ・リッツ・カールトン大阪』で総支配人を務めておいででした。
※ザ・リッツ・カールトン大阪 1997年5月23日開業 クリス氏は2015年より総支配人を務めた
 
では、同じマリオット・インターナショナルのブランドとはいえ「JWマリオット・ホテル」のGMになぜ着任されたのでしょうか?

クリス:新しいことに挑戦したい、学び続けたいという気持ちは、私のなかに常にあります。そして「JWマリオット・ホテル」も「ザ・リッツ・カールトン」同様にマリオット・インターナショナルが誇るラグジュアリーブランドであるということも重要でした。加えて日本初上陸ですから、且つてない大チャレンジになると直感し、引き受けました。

泉美:奈良は、日本最古の都。国内最多・計20資産のユネスコ世界遺産があり、歴史と伝統、そして自然に恵まれた美しい土地です。しかしながら2020年7月22日の開業まで外資系ラグジュアリーホテルは未上陸でした。
 
京都、大阪という観光都市に隣接しつつも、これまで奈良に旅人を引き留めるホテルが少ないというのが現状だったと聞いています。ブライダルにしても同様で、住民の方々も挙式・披露宴の場も他府県に流れてしまっていたそうですね。
 
では奈良において、ラグジュアリーホテルの上陸が、なぜここまで遅れたのでしょうか。見解をお聞かせください。

クリス:私はアメリカ人ですから、地域の事情すべてを捉えきれてはいないものの様々なファクターがあったと考えます。
 
まず奈良が、あいにく新幹線が止まらない街になってしまったこと。もしも通ってたら状況が違っていたのはないでしょうか。しかし、交通の便のハンディキャップがあったからこそ奈良が手つかずであったことは特筆すべきポイントです。
 
完成された観光地には見当たらない、再建されていない遺跡だからこそ、歴史が感じられてかえって面白く、趣があります。手つかずの都だからこそ、ここにホテルを作る意義があります。奈良のナチュラルさが「JWマリオット・ホテル」の信念にフィットする部分でもあり、聖地・奈良の自然美と伝統を尊重しつつ、ホテル作りに取り組むことができました。
 
また、奈良のPRが行き渡っていない、長所が知れ渡っていない部分もあり、そういう意味で、奈良は今、「もっとも新しい、もっとも古い街」といえるでしょう。ですから改めて奈良を再発見していただくきっかけに私たちのホテルがなっていければと願って準備を始めました。
 
開業においても、現在も、奈良の皆さまに多大な応援・ご協力いただいていることが原動力となりました。街と一体になって、今もホテルを成長させている途中です。

泉美:こちらへの着任が決まったのはいつのことですか?当時は、開業に向けてどのようなビジョンを持たれましたか?

クリストファー氏
エグゼクティブスイートにて

クリス:2019年4月のことで、6月から開業準備室がスタートしました。初上陸ということもあり、ホテルを作る私自身が、このブランドをしっかりと理解しなくてはなりません。アジア圏やアメリカ圏の既存ホテルから、立ち上げに向けてオリエンテーションに来てくれました。実際「JWマリオット・ホテル」は近年、変革に向かっている最中でしたから流れを掴む必要がありました。
 
次に働く「人」を集めることが重要になってきます。人手ではなく「人柄」が重要です。そこでJobHun(ジョブハン)を行ったところ、予想以上に沢山の奈良出身者の方々に興味を持っていただけたんですね。
 
皆さん一様に「今は他県で働いているけれど、できれば地元で働きたい」と。そして「奈良をもっと良い土地だと感じていただきたい。その助けになりたい」と口をそろえて志望してくれました。ホームタウンに対するプライドや愛着がある方々の熱意を目の当たりにし、まさに、そうした方々を雇用するべきだと強く感じました。

泉美:地元愛と誇りは、なによりの武器ですね。一方で『ザ・リッツ・カールトン大阪』からも総支配人と共にスタッフが移動して来られましたね。

クリス:大阪からは20人ほど、さらに『ザ・リッツ・カールトン京都』、『セントレジスホテル大阪』といったシスターホテルからも来てくれました。新たにラグジュアリーブランドを構築していく上では、ラグジュアリーホテルの経験のあるスタッフが必須なのです。

泉美:「ラグジュアリーホテル」のソフトウェアとなり、おもてなしの基盤を作る方々ですね。それこそ、クリスさんが『ザ・リッツ・カールトン大阪』をはじめ、マリオット・インターナショナルで得た信頼が、こちらの礎になったのことと思います。

「責任」こそ総支配人が担う役割り

泉美:しかし、開業に向けてラストスパートに入った年明け早々、パンデミックへと突入してしまいました。その際のご苦労をお聞かせください。

クリス:100人を雇用しておりましたから、「皆をどうやって守っていこう」と頭を抱えたのが本音です。一方で関業準備を止めることはできません。結局、オープンは4カ月遅れとなりましたが、その分、トレーニングを積むことができました。コスト削減にも努めました。

泉美:晴れやかに初上陸を祝いたいところですが、旅も含めて不要不急とされることが制限された時代になってしまいました。

クリス:私はこれまで14のマリオットのオープニングに関わってきましたが、コロナ禍はまったく前例のない出来事でした。しかも世界中がコロナで喘いでいる際に私たちは、開業をプロモーションする必要がありましたが、それもまたセンシティブな問題となってしまい、とても苦労した点でもあります。
 
しかし、マリオット・インターナショナルは、常に変化をしていくことをモットーとしております。ですからコロナは、そのモットーを実践していくチャンスでもある訳です。同じところに留まらない、常に変化し続け、柔軟であることを再認識し、ゴールを見失わないように注意を払いました。

泉美:元サッカー日本代表の中田英寿さんを迎えた開業レセプションが話題を呼びました。選手を引退後は、株式会社JAPAN CRAFT SAKE COMPANYを設立され日本文化や伝統的な工芸の普及に努めておいでですね。

ロビー
奈良を象徴するモチーフや伝統工芸作品がロビーほか、各所を飾っている

クリス:私たちのホテルは、奈良の歴史と文化、そして工芸を世界に発信していく役目を担っております。早くから職人の方々の手をお借りし、ホテル作りを手掛けて参りましたので、中田さんはアンバサダーとして適任でした。当初の予定より小規模なオープニングセレモニーになってしまったものの、結果として『JWマリオット・ホテル奈良』を認識していただける機会になったと思っています。

泉美:逆境を乗り越えてのオープンから2ヶ月後、クリスさんに初めてお逢いし驚きました。とても明るく素敵な笑顔でお迎えいただきました。僭越ですが、噂に聞く以上にクレバーで万能な方だとすぐに感じたのです。そして包容力にも溢れていました。それが再び、こうしてお訪ねするきっかけのひとつとなりました。
 
当時も含め、総支配人という重責を担って、メンタルをこれまでどう保ってらしたのでしょうか?

クリス:まず、「責任」こそ総支配人が果たす重要な役割りだと考えます。もちろん私も人間なので「どうしよう!」と内心、取り乱すこともなくはありません。それでも私は、GMである以上、どんな状況でも前に進まなければいけない、やり遂げなければならないのです。
 
とにかく、『JWマリオット・ホテル奈良』に夢と希望を持ち、私を信じて着いてきてくれる100人のスタッフと、その家族のためにもピンチを切り抜ける方法を見つけよう考えました。
 
そのためには、例えコロナであろうと常に自信を持つこと。私がポジティブでなければ、皆にいい影響を与えることはできませんから。

泉美:誰もがその「責任」を果たせるわけでも、使命をまっとうできるとは限りません。その折れない心は、どのように培ったのですか?

クリス:例をあげるとしたら『ザ・リッツ・カールトン バリ』で働いていた時代に爆発テロが起こる大事件があります。当時は90%あった稼働率が一気に50%くらいまで落ち以降、半年ほど苦しい時期を体験しました。
※注釈 2002年に端を発したバリ島爆弾テロ事件は数年に亘ってインドネシアで多発し、ラグジュアリーホテルも標的にされた
 
経営面でのダメージばかりではありません。テロのショックによりトラウマから抜け出せない従業員も続出しました。そこで誓ったのが、再び彼らを元気にさせるということでした。従業員の幸せがあってこそ、お客様に幸せと感動を提供するホテルが存在します。
 
カウンセリングの場を設け、皆の心の回復に努めました。改めてトレーニングを実施し、自分たちのサービスに自信を持つことも行いました。稼働率が下がった分、生まれた時間が味方をしてくれました。
 
マリオット・インターナショナルが重きを置くことのひとつに「コミュニケーション」があります。バリのときも、そして今回のパンデミックにおいても同様です。スタッフとミーティングを重ね、目の前にある問題に取り組み、解決のための話し合いを重ねました。

泉美:このコロナの折には、従業員の皆さんは、どのような不安や心配を抱えてましたか?

クリス:皆、当然不安です。「仕事を失うことないだろうか」とか「この先、給与は支払われるのか」などを口にする従業員もおりました。けれど「なにがあっても、すべて私の責任だから君たちが心配することじゃないよ」と伝えました。
 
そして「とにかく、目の前のお客様を喜ばせるサービスに集中して欲しい」と望みました。彼らのために私は「大丈夫」「大丈夫」と言い続けるってことが大切だと思って実践し、自分自身にも言い聞かせました。

泉美:「大丈夫」という言葉は如何なるときにも安定剤の役目を果たします。みなさんクリスさんの「大丈夫」に救われたんですね。そうして今がある。なるほど、総支配人とスタッフの皆さんのお人柄が際立つホテルである根本が理解できました。
 
開業当時は一部オープンを迎えられずにいるレストランがあるなど、コロナの弊害が見られました。しかし、久しぶりにホテルにお邪魔したところ、通常営業になりつつあるなか、宿泊客のご利用ばかりでなく地元の皆さまに愛され、「せっかくできたホテルを潰してはいけない!」と多くの応援に支えられているのを見聞きしました。これも、クリスさんが懸命に取り組み獲得したスタッフからの信頼から派生した一体感であると感じ、とても嬉しくなりました。
 
2022年10月11日、水際対策強化に係る新たな措置が実施され、幸いパンデミックは新たな局面に。いよいよアフターコロナの時代を迎えようとしています。「もっとも新しい、もっとも古い街」である奈良は、私たち日本人には、より新鮮に。そして、これから訪れるインバウンド層に、新しい日本の魅力に映ることでしょう。

トラベルジャーナリスト/文筆家/写真家
泉美 咲月(いずみ・さつき)

1966年生まれ、栃木県出身。伝統芸能から旅までと幅広く執筆・撮影・編集をこなし、近年はトラベルジャーナリストとして活動。海外渡航歴は44年に渡り、著書には『台湾カフェ漫遊』(情報センター出版局)、『京都とっておき和菓子散歩』(河出書房新社)、『40代大人女子のための開運タイごほうび旅行』(太田出版)他がある。アジア旅の経験を活かし、2018年、自身運営の『アジア旅を愛する大人のWebマガジン Voyager』を立ち上げる。タイ国政府観光庁認定 タイランドスペシャリスト2019及びフィリピン政府観光省認定 フィリピン・トラベルマイスター2021。また、日本の医師30万人(医師の94%)が会員である医療ポータルサイト『m3.com』内、Doctors LIFESTYLE編集部にて編集部員兼、医師に向けた旅や暮らしのガイドを務めている。ホテルの扉が1軒でも開いている限り、取材を続けたいという想いのもと、コロナ禍においても一時期を除き、週に1記事以上の頻度でラグジュアリーホテルの取材・執筆を続けている。
ブログ:https://izumi-satsuki-blog.com/
Instagram:https://www.instagram.com/satsukiizumi/

泉美 咲月氏

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